とあるPが移籍する話

 他の事務所に行ってみる気はないか、と声をかけられたのは事務所のアニバーサリー関係のイベントが終了し一息ついた頃だったと記憶している。
その頃の自分は、プロデューサーとしてとあるアイドル事務所に入社こそしたものの特に担当をしているアイドルが居る訳では無く、同僚の補佐や手伝いなどを主な業務としていた。

「そ、それはクビってことですか社長…!!」
 戦力外通告の意味を感じさせる言葉に、一気に血の気が引く。
 確かに担当アイドルはいないし入社したばかりで大した戦力にはなれていないかも知れない。だが雑用の傍らアイドル達とコミュニケーションをとりアドバイスを送ったり、新しい仕事を獲得したりなど漸くプロデューサーとしての働き方が少し分かってきた所だったのだ。
 諸先輩方のように自分もきっと今は見ぬ担当アイドルをトップアイドルへ導いていけるように、と希望を抱きながらやって来たのに…と落ち込んでいると、社長が慌てて言葉を続けた。
「そういう訳じゃないから落ち着いて」

 話はつまり、とあるプロダクションで新人アイドルのデビューが決まったのだが担当として付くプロデューサーが居らず、ツテを頼りに頼ってここまで話が回って来た、ということだった。
 そして、事務所で唯一担当アイドルを持たない自分の所にその話が来たのだろう。
「ただその新人というのが男性アイドルでね。ウチは女性アイドルのみのプロダクションだし、君がどうしても女性アイドルのプロデュースをしたいっていうなら、この話は別のところに持っていくけれど」
 その点は別段こだわりは無いので問題は無いと告げる。同僚の中には女性アイドルのプロデュースがしたくてこの仕事に就いた者もいるが、自分はアイドルとして輝きたいという人の後押しをしたくてプロデューサーという立場を選んだので性別なんてものは些細な事だ。アイドルと恋愛関係になれるかも知れないという下心も別段無かった。
 …まあ正直な話、どちらかというと女の子の方が見ていて華やかで楽しいな、とは思うが。
「じゃあ、ちょっとどういう子達だか見るだけ見てみる?」
 ウチとしてもキミを積極的に移籍させたい訳じゃ無いし何だか違うなと思ったら言ってね、と言いながら社長が取り出したのは3枚の履歴書と1枚の写真だった。
 直感は大切だしね、という社長の言葉に、はあ、と生返事をしながらそれを受け取る。
 いきなり複数人のプロデュースなのか大変そうだなとか、こだわりは無いが男性アイドルの良さが自分に分かるかなとか、移籍したとして給料は同じくらいもらえるのかな、なんてことを考えながら写真に目を落とした。

「やります。――いや、是非オレに彼等のプロデュースをさせてください」

 一目見て、彼等だ、と思った。

 彼等の写真を見た瞬間に迷うだとか断るだなんて選択肢は消え失せる。雷に打たれたと言っても良いかも知れない。ピンと来た、というのはこういう感覚なのかと身を以て理解する。
 彼等ならきっと…いや間違いなくトップアイドルになれる。オレが、トップアイドルにしてみせる。
 ほんの数瞬前まで考えていたことは全て吹っ飛び、ただ、彼等だ!という思いだけが胸を占めていた。

 見るからに表情が変わったのだろう、様子を見ていた社長が微笑みを浮かべる。
「やっと見つけることが出来たんだね」
「はい」
 じゃあ先方に連絡しておくから事務処理とかは事務員さんから聞いてね、と言い残して社長は去って行った。

 手元にある写真に目を落とす。なかなかにクセのありそうな3人の男性が恐らく私服で並んで写っている写真だった。見れば見るほど、イケる、という根拠のない自信と興奮が沸き起こって来る。
 今いる事務所に愛着はあったがそれよりも、彼等のプロデュースが出来るのだという喜びが勝っていた。
 そうだと思い至り、見る前に返事をしてしまった履歴書にも目を通すと、これがまた見た目以上にクセのありそうな内容が書かれている。
「元清掃員に元雑貨屋に元助教…。はは、面白い取り合わせじゃないか」
 経歴もアイドルを志した理由もバラバラだが、そんな奴らが共にトップアイドルを目指すのだと思うと心が躍った。増してそこに自分がプロデューサーとして関われるのだという。
 それを幸せと言わずして、なんだと言うのだろうか。

「待ってろよ、お前等!」

 どこか晴れやかな気持ちで、自然とそう口から言葉が零れた。