陽だまりの感情

 ふと目を覚ます。部屋の明るさから考えるに時刻は夜明けを迎えた少し後、という所だろう。普段の起床時間と比べても随分早い時刻に覚醒した自分に苦笑を漏らす。
 こんな時刻に目覚めた理由は分かっている。大方、未だに神経が高ぶっていたのだ。年甲斐も無く、と思わずには居られないが、同時に止むも無いとも思う。漸く、愛しい愛しい恋人と初めて結ばれたのが昨夜の事なのだから。
 その事実を確かめるように、自身の隣で眠る恋人に視線を移す。その無防備な寝顔を見て、自然と頬が緩むのを自覚した。この姿を見る為に一体どれ程の苦労と月日を要しただろうか。自らが周到な人間であるという自覚はあるが、それにしても、自身に向けられる好意どころか自分自身の感情にすらに疎い彼に、不自然或いは不快に思われぬよう好意を注ぎ込み、更に彼に恋愛感情を自覚させるのは相当の根気が必要であった。しかしその労力と時間も今となっては微笑ましいものだと思えるのだから、自分も大概だろう。
 眠る彼の、常と異なり下ろされた金色の髪を指で優しく梳く。冷酷非道と畏れられ、それを否定しなかった自分がこんなにも穏やかな感情を覚えるとは。不思議でこそあれ不快ではないが、彼と出会う前の自分には在り得ない事だろうと思う。そしてその度に、彼に言い知れぬ感謝を覚えるのだ。
 ふと、彼が寝返りを打ち、それに伴い頭を撫でる手が止まる。次いでのろのろと瞼が開いた。
「……」
 起こしてしまったか。そう思ったが彼は未だ夢の中を彷徨っている様で、今一つ焦点が合っていない。澄んだ青い瞳が普段よりも少しばかり潤んで見えるのは気のせいだろうか。
「ガイ?」
 ぼんやりと自分を見つめる彼を見るに、頭は未だ覚醒していないようだ。寝付きも寝起きも良い彼にしては珍しい事だが、今日に関しては無理もないと思う。女性恐怖症である彼は女性経験など無いだろうし、昨夜の様子を思うに男性経験も無いようだし、おまけに彼は身体に負担の大きい受身の役だ。初めての行為に心身ともに疲れ果ててしまったのだろう。
 そうなることは行為に至る前から分かっていたのだが、それでも自分を受け入れたいと言ってくれた彼に対してまた言い知れぬ愛しさがこみ上げてきた。
「まだ寝ていて構いませんよ」
 心からの微笑みを向けながら言う。夢うつつながらも言葉の意味を理解したのか、開けられた時と同じくゆっくりと瞳が閉ざされる。それは常の、年齢不相応に大人びた彼からは想像出来ぬ程幼い様子で、嗚呼こんな可愛らしい一面もあるのか、と思う。
 もっと甘えてくれれば良い。そうしてくれれば、自分の愛でもって砂糖菓子よりも甘くどんな夜よりも深くドロドロになるまで甘やかしてやるつもりでいるのだ。――まあ、恥ずかしがり屋の彼の事だから、2人きりであってもそうそう甘えてはくれないだろうが。
 そんな事を考えていたせいだろうか。胸元に感じる温かさに気づいた時、一瞬脳内が真っ白になったのは。
「ガ、イ…?」
 熱源に目線をやれば、自分の胸元に顔を摺り寄せて幸せそうに眠る彼の顔。声をかけても、再び夢の中へ旅立ってしまった彼には届かない。聞こえてくるのは柔らかな落ち着いたトーンの声ではなく、規則的に聞こえてくる寝息だけ。
(嗚呼、これは)
 何という不意打ちだろうか。行為中ですら素直に甘えてくれなかったというのに、ここに来て無意識に甘えて来るだなんて。嫌な筈は無い。だが、こんな心臓に悪い甘えられ方をするとは考えもしなかった。彼と来たら、起きている時ですら時折自分を翻弄するというのに、こうして眠っていても自分のことを振り回すのだ。
(…全く、本当に貴方には敵わない)
 穏やかな笑みを浮かべながらそう思う。きっとこれからも彼は自分を驚かせてくれるのだろう。そんな風に少しずつ、未だ――彼自身でさえ――知らぬ彼を知って行ければ良い。

 柔らかに眠る彼を優しく抱き締めて、自分もまた瞼を閉じた。