閉じていた瞼を開ける。たったそれだけの動作が酷く怠い。
前に見えるのは薄汚れた白い壁――天井だろう。目線を動かし周りを伺うと、そこは部屋のようだった。見慣れぬことを考えるとどこかの宿屋か。
普段では考えられない程ゆっくりと思考を巡らせる。たっぷりと時間をかけて場所を把握した次に思い至ったのは仲間達のことだった。みんなはどこにいるのだろう。
そこから考えを動かそうとしたところで視界にあるドアが軋んだ音を立てて開く。
「おや、気がつきましたか」
水の入った桶を持ったその人物は確かにそう言った。だが思考能力が極端に低下しているらしいガイは、かの人物が持った物が何の為に使われるものかということにまで考えが至らない。ただ、その人物の名を確認するかのように呼ぶだけだ。
「じぇ…、ど?」
声を出して始めて、ガイは自分が呂律さえ回らない状況にあることを知った。
「み…んな、は…?」
「相変わらずですねぇ…」
先程から気になっていたことを尋ねる。そんなガイの様子を見て、ジェイドは溜め息を吐いた。
「みなさん自由時間を取っていますよ。一人残らず元気ですから心配要りません」
みんなそうだが特にルークとナタリアはガイのことをかなり心配していた。が、身体的にはなんら問題は無いので嘘は吐いていないだろう。
「大量に出血した上、熱が出ているんです。大人しくしていなさい」
ベッドサイドに座り、ガイの額に置かれているタオル――ジェイドにそれを取られるまでガイはその存在に気付かなかった――を桶の中の冷水に浸しながら言う。
水気を絞り冷たくなったそれを額に乗せようとして、ガイが訳が分からないといった表情をしていることに気付く。
「…覚えていないんですか?」
ナタリアを庇って敵に斬られたでしょう。半ば呆れたようにジェイドが言った。
「そう、だっけ…」
動きが極端に鈍くなっている頭で、思い起こそうとする。ここで目を覚ます前、自分は何をしていた?戦闘をしていて、移動中に魔物に襲われて、行程に若干の余裕があって、詠唱中のナタリアに魔物が襲い掛かってきて。思い出せたのは時系列の整わない断片ばかりだったが、確かにジェイドが言った通りのような気がする。
「まだ熱が下がりませんね…。何か不調はありませんか」
ガイがゆっくりと思考を巡らせている間に熱を測ったらしいジェイドが尋ねる。
「…、あつい」
なんか、すごく。
ぽつりぽつりと言葉を発した。よくよく考えてみればまるで幼い子供のような話し方だが、その時は特に何も思わなかった。代わりに、熱いというのは不調の内に入るんだっけ、とふやけた頭の何処かでぼんやり思う。
「熱いんですか?」
「ん…」
大して話をしていない筈なのだが、会話をするのが酷く億劫になってきたので、適当に頷く事で肯定の返事をする。
「なら、熱はもうすぐ下がりそうですね」
「……?」
「寝てしまいなさい。疲れているでしょう?」
ジェイドが優しく頬を撫でるのがとても気持ち良くて目を細める。取り立てて冷たくもない手が、何故だか心地良い。
そう言われれば瞼が、いや身体中が鉛のように重たい。ジェイドの言う通り疲れているのだろうか。疲れているのかどうかはよく分からなかったが、何だか今はとにかく眠りたいと思った。
「ん…。おや、すみ」
「おやすみなさい」
瞳を閉じる。緩やかに落ちて行くような感覚の中でふと、そういえば何だかジェイドが優しかった気がする、と思った。次に起きた時も優しいと良いのに。そんな思いはきっと、起きた時には忘れてしまっているだろうけれど。