救われたかったのか救いたかったのか

 彼が涙を湛えているのを酷く不快な思いで眺めていた。
 今にも溢れ出さんばかりの涙を未だ彼はその瞳に湛えたまま、跪いている。
 耐える必要などもう何処にも無いというのに、彼はひたすらに耐え続ける。誰に頼ることも縋りつくことも無く。ただ独りで。
 感情を押し留める事がどれ程自分を傷め付け危険であるかなど、聡い彼が解らぬ筈も無いだろうに。それとも彼はそれを理解しているからこそ、自分を戒める為にも感情を押し殺し続けるのだろうか。
 まだ復讐の念に燃えていた頃は、そういった自制も必要だったかも知れない。だが、今彼が泣き崩れたとしてそれを咎める者など何処にも居ない。――彼自身以外には。
 結局の所、それだけなのだと思う。彼は未だ彼自身を許す事が出来ずにいるのだ。

(いっそ泣き崩れてしまえば良い)

 そうすれば自分は彼に手を差し延べることが出来る。彼に独りでは無いのだと告げることが出来る。
 だが今それを拒否しているのは誰でもない、彼自身だ。彼の思いを無視して彼をこちらに連れ戻す権利など、自分には無い。
 元より、彼に手を差し延べる権利すら、無いのかも知れない。それをするのは、その権利と必要を持つのは、汚れた手しか持たない自分ではなく彼同様に美しい心を持った誰かなのかも知れない。
 酷く不愉快だった。

(涙など、感情と共に全て零し尽くしてしまえば良いのに)

 彼が縋ってくれれば何時だってこの手を差し出すことは出来るのだ。例えこの手が汚れていようとも、そんな些細な事象など無視して、ただ彼を助ける為だけに差し出すことが。彼の助けを求める声無き声の前には、自身の逡巡など取るに足らないことでしかないのに。
 酷い苛立ちを感じた。悲痛な表情で感情を押さえつけ続ける彼に対してではない、何もすることが出来ない無力な自分自身に対して。吐き気がする程、不快だった。

 

 彼が救いを私を求める事によって私は彼に許されたいのかも知れない。