掌の上で

「明日から暫く休暇なので、執務室に来なくて良いですよ」
 ジェイドのその言葉を、ガイは驚きと共に聞き入れた。
 レムデーカン、イフリート5の日。まだ街の雰囲気は年明けの余韻が残り浮かれた様子ではあるが、街角に溢れていた装飾も名残惜しげに撤去され始め、年末から年明けまで続くイベントが粗方片付いた頃である。
「休暇、か。そうか」
「ええ。年末から無休で勤務していましたからね。その振替で」
 個人的には取らなくても構わないんですが、全く休まないでいるというのも部下に対して良くありませんから。
 苦笑しながらそう言って紅茶を口にするジェイドに相槌を返しながら、ガイは動揺していた。厳密には、ジェイドの言葉に衝撃を受けている自分自身に対して動揺していた。
「――軍にもきちんと時節の休暇ってあるんだな」
 動揺を隠すように紅茶を飲み込んで、あくまでも平然を装ってガイは言葉を返す。
「今は所謂有事ではないですからね。そういった時に休めない変わり…なのかどうかは分かりませんが、平和な時分の軍というのは案外確りと休みがあるんですよ」
「なるほど。戦争何かになったら数ヶ月…或いは何年も勤務し通しな訳だしな」
「そういうことです。まあ軍部全体を休ませる訳にはいきませんから、ローテーションにはなりますが」
 休めば仕事が溜まるのが目に見えているので、本音を言えばあまり休みたくはないんですよ。その言葉でガイは先程からジェイドが苦笑していた理由を知る。
 ワーカーホリックめ、と思うが苦笑している点からもジェイド自身多少なりともその自覚があるのだろう。喉まで出かかった言葉は紅茶と共に飲み込んで、代わりに別の言葉を吐き出す。
「旦那は休みの日って何をしてるんだ?」
「自宅で本を読んだり論文を纏めたりですかね」
 仕事かプライベートかの違いはあるが結局やっていること自体に然して変わりはないらしい。
 苦笑しながらその事を指摘すると、ジェイドも苦笑しながら溜め息を吐いた。
「グランコクマを離れる訳にも行きませんし、やることが限られてしまうんですよ」
 そうだろうな、とガイは思う。休暇とはいえ何かが起こらないとも限らないし、師団長が首都を離れてバカンスへ、なんてことは出来ないだろう。――尤も、バカンスを楽しむジェイドというのも想像し難いが。
「確かになぁ。まあ、久し振りの纏まった休暇だろうし、ゆっくりしてくれよ」
「努力しましょう」
 ジェイドの笑顔を見ながら紅茶を飲もうとして、カップが空であることに気付いた。何故だか少しの気まずさを感じながらティーポッドから紅茶を注ぐ。
「貴方は大丈夫なんですか」
「え?」
 不意に掛けられたジェイドの言葉の意味が理解出来ず、思わず聞き返す。
「建前上は年末から昨日まで休暇という事になっていましたが、実際は公務が詰まって働き通しでしょう」
「あ、ああ。まあ式典とかがあっただけでアンタみたいに一日中ずっと働いてたって訳じゃないし」
 それに公爵家に居た頃は纏まったどころかロクに休暇なんてなかったしな、と紅茶に口をつけながら答えると、なら良いのですが、という言葉が返ってきた。
「私の居ない間、陛下のことを宜しくお願いしますね」
 あまりにも目に余るようなら呼び出して下さって構いませんから、とジェイドは続けるが、その言葉はガイの頭の中に入っては来なかった。
「……頑張るよ」
 ジェイドの言葉におざなりに答えながら、ガイは自分が動揺していた理由を漸く悟る。
 ――意識のどこかで、ガイはジェイドが必ず近くにいるものだと思っていたらしい。それは物理的な意味であり、心理的な意味でもあり、勤務的な意味でもあった。ようだ。
 他人事のようにガイがその事実を噛み締めながら紅茶を啜っていると、食えない笑みを浮かべながらジェイドが口を開いた。
「私が居ないのが寂しいからといって、仕事でミスしないでくださいね」
 揶揄うように楽しげにジェイドが口にする。ガイがそんなことでミスをするとはジェイド自身思っていないだろうに。
 この男には全部御見通しだったらしい。ガイが意識出来ないでいた部分まで含めて、全て。
「趣味が悪い」
「今更でしょう?」
 憮然とするガイに言葉を返すジェイドは、やはり酷く楽しげだった。