憂惧

 翌日にはグランコクマに到着できるだろうという日の晩。男性陣用に取った部屋で、ガイが口を開いた。
「…ジェイド」
「はい」
 既に寝ているルークを気遣ってか、押さえた声でガイは言う。
「もし、オレが…、仲間に刃を向けることがあったら…その時は、」
 些か唐突に放たれた言葉にジェイドは、ほんの数瞬であるが放心した。ガイが敵であるかも知れないとは常に頭に置いていた可能性だ。彼の素性を調べ上げてからは特に。だが、まさかこんな形でガイからそんなことを言われるとは思っていなかった。そもそも、自分が仲間に刃を向ける事があったら、という仮定が可笑しい。まるで、相反する意志を持った自分が2人存在するような言い方だと、ジェイドは思った。
「そんな予定があるんですか?」
内心を悟られぬよう、茶化すような返答をする。
「はは、まさか。……仮定の、話さ。まあ、アンタはこういう話嫌いだろう、けど」
 そこでガイは言い淀む。話を断ち切られるのを恐れているのだろうか。仮定の話を真っ向から否定されることを恐れているのだろうか。何故?普段の彼の言動からは想像の付かない、荒唐無稽としか思えぬような仮定を、否定されるのを恐れる必要が何処にある?第一、何故彼はこんな話を自分にしてきたのだろうか。
「――その時は、私が止めて差し上げますよ」
 命の保障は出来かねますが。
何れにせよ、ガイがその仮定の話で悩んでいるという事だけは明白だった。だから、ジェイドは素直に最も高い可能性を述べた。それだけだった。
 ジェイドが先の問いに答えたのが意外だったのだろう。ガイは僅かに驚いた表情を浮かべた。そして、安堵したような表情を見せる。
「…ありがとう」
 泣きそうな顔で、ガイは微笑んだ。その顔をジェイドは何度も見た事がある。――それは、死地に向かう兵士が時折見せる表情だった。
「おやぁ、妙ですねぇ。貴方を殺すかもしれないのに、お礼など言うなんて」
 飽く迄も口調は軽く。ガイの言葉を深刻に受け止めるべきだと感じながら同時にガイはそれを求めていないということを悟っていたから。
「そう、かな」
「ええ」
 そう返すと、ガイは酷く悲しそうな顔をした。
「…でも、こんなことジェイドにしか、頼めないし」
「確かにそうでしょうが、あくまで仮定の話なのでしょう?あまり思い詰め過ぎるのもどうかと思いますが」
 ガイが思いつめる必要はない。そんな後ろ暗い可能性と、それに付随する覚悟などは自分が抱いていれば良いだけの話なのだ。
「…そう、だよな。悪い、変な話しちまって」
「いえ」
 するとガイは――多少無理をしているようではあったが――何時もの表情を取り戻し、苦笑する。
「じゃあ、もう寝るわ。…おやすみ」
「おやすみなさい」
 布団に潜り込む際に、ごめんな。と小さく呟かれた声には気付かなかったことにした。

 ガイが眠ったのを確認して、ジェイドも床に就く。
 せめて何か起こるのなら自分の居る所で、と祈りにも似た願いを抱きながら。

 夜が、更ける。