「…ああ、ガイ。誕生日おめでとうございました」
何気無く、しかし唐突に告げられたジェイドの言葉は、些か不自然な形でその場に居た仲間達の耳に届いた。
「おめでとう、ございました…?」
「おー。ありがとう」
「ささやかですがプレゼントです」
「サンキュー…ってレモングミかよ」
「言ったでしょう?ささやかだと」
「オレが言いたいのはソコじゃないんだが…」
だが当人同士だけは特に感じるものは無いらしく、至って普通に会話を交している。それは、今し方自分が聞いたのは空耳だったのでは、と思ってしまう程に自然で何気無い。
取り残された4人と1匹の疑問を代表するように、アニスが口を開いた。
「あのー、大佐。おめでとうございましたって、どういう事なんですかぁ?」
「どうもこうもそのままの意味ですよアニース」
イフリートデーカン、ローレライ、41の日はガイの誕生日でしたから。
まるで昨日の夕食はカレーだった、というのと同じニュアンスで告げるジェイドに、一同はそれぞれ驚きと非難の声をあげる。
「え、マジかよ?!」
「何で当日に言わないんですか!」
「教えてくれれば何か用意したのに…」
「ガイさんお誕生日だったんですの!」
その中でふとナタリアがまた別の疑問を口にする。
「ですが、ガイ、貴方の誕生日はもっと後なのではありませんこと?」
確か今迄ガイの誕生日祝いは、もっと気温が上がった――夏と云っても差し支えがない頃にしていた筈では、とナタリアが言う。彼女は、使用人とはいえ大切な幼馴染みであるガイの誕生日を覚えていたらしい。
「ああ、屋敷では流石に開戦の日が誕生日だとは言えないから適当に別の日を誕生日だって言ってたんだよ」
ガイの誕生日はガイの家族が殺された日であり、ホド戦争開戦の日だ。――そして同時に、ファブレ公爵が武勲を上げた日でもある。親類が集まるホド領主嫡男の誕生日を狙って侵攻が行われたのだからそれは当然だ。
そんな日が誕生日であると正直に告げることは、ガイの身元をばらす事に近い。増して、大人とは異なり子供が年齢を大きく偽る事は難しいのだ。年齢が近く、誕生日まで同じであると知れればその一致に疑惑を持たれるだろうし、最悪の場合正体がバレて殺されてしまうだろう。
その事実に考え至って黙り込んでしまった子供達に対して、ジェイドはあっさりとこう口にした。
「もう日付を偽る必要はありませんからね」
「…そうなんだよなぁ」
未だに実感が湧かないんだけど、とガイが苦笑する。
「――で、どうして突然そんな事を言い出したんだ?」
「いえ、ふと思い出したので。丁度手元にレモングミもありましたからお祝いの言葉と粗品ぐらい差し上げようかと」
爽やかだが最高に胡散臭い笑顔でジェイドが告げた。レモンが苦手なガイにとっては嫌がらせ極まりない行為に、ガイ本人は引きつった笑いを浮かべる。
「…って大佐!だったらなんでもっと早く言ってくれないんですか!街にいる時に言ってくれればガイの好きな食べ物くらい作ってあげたのに!」
「はっはっはー、すみません私も忘れてまして。今さっき思い出したんですよー」
もー!とアニスが腰に手を当てジェイドに文句を言うが、まるで堪えた様子も無い。
「暫く野営が続くし、何か調達するのは無理ね…」
「食事を豪華にする…と云っても食料にもあまり余裕はありませんし…」
ティアとナタリアがせめて今から食事でだけでもお祝いを、と思案している所にガイ本人が入って来た。
「いや、別に普通で構わないよ。これからの日程で無駄のない程度しか食料も用意してないんだし、無理に何かすることはないよ」
「でも…」
「そうだな…、なら今日の料理当番はオレなんだけど、それを替わって貰えるかな?誕生日に君達の真心の篭った料理を食べれるだけで、オレは十分幸せだよ」
日付は過ぎてしまったかも知れないけれど、こういうのは気持ちの問題だからね。とガイが言うと、渋々ではあるが納得したのか、女性人は「なら今日は腕によりをかけて料理を」と意気込み始めた。
その様子を苦笑しながら見つめるガイの肩が、遠慮がちに叩かれる。
「ん?」
「ガイ…、あのさ…」
「どうした?」
ガイが顔を覗き込んでも、ルークは浮かない表情をしたまま煮え切らない言葉を呟くだけだ。肩口に乗ったミュウが不安げに2人を交互に見やる。
「オレ…その…」
「いいよ。もう何も気にしちゃいないって。ほら、お前も一緒に話に混ざって来いよ!料理の腕上げたところ見せてくれ!」
力強くガイに背中を叩かれ、女性陣の方へ向かわされるルーク。少し考えた後、それでも思い直る事が出来たのか吹っ切れた顔をして「イテェよバカ!もう食えねぇモンなんか作んねぇっつーの!」と叫んで女性3人の輪の中に入って行った。
安堵の溜息を吐きながら微笑ましい光景を見ていると、ジェイドが横にやって来る。
「いやー、微笑ましいですねぇ」
「…アンタ、ワザとだろ」
「何のことですか?」
ジェイドはあくまでもシラを切るつもりのようだが、ガイの負担にならず彼等も気を使い過ぎないようなタイミングを計ってのあの発言だったのだろう。本当に忘れていたのなら、態々ガイの誕生日であったことを告げるようなことをする必要も無い。言わないでおく事も出来た筈だ。だが、ジェイドはそれをしなかった。
「――まあオレもまだ完全には吹っ切れてないし、な。一応感謝はしておくよ」
「何の事を言っているのか分かりませんが、受け取っておきましょう」
「食えないオッサンだよ、全く」
「褒めても何も出ませんよ?」
「何処が褒めてるんだ何処が」
分かり難いが、きっとこれもこの軍人の優しさなのだろう。
それぞれ形は違うが、こうして自分の誕生日を気にかけてくれる人間が沢山居ることは、きっと幸せという事なのだろう、とガイは思った。