厚い布越しの思い

 運が悪かったとしか言い様が無い。
 探索中、腐った床を踏み抜くどころか殆ど部屋全体の床が落下し、その先に魔物が居るなんて出来すぎた状況を誰が想像するだろうか。
 身体が浮いている僅かな時間でジェイドは崩れた体制から何とか受け身を取り、落下のダメージを最小限に抑えた。一方共に落ちたガイは軽やかに着地をする。初めて彼と出会った時を思えば、この程度の高さはどうという事もないのだろう。
 だが、今回はそれがいけなかった。
 落下してきた物の中に獲物が居ると分かるや否や、魔物が勢い良く向かって来る。少しは知恵が回る魔物らしく、標的は足場が悪く思うように戦闘体制が取れないジェイドらしかった。
 それを見て離れた場所からガイが駆け出す。
 魔物が長い触手を振りかぶった。
 見覚えのある動作に、最早ジェイドの術は勿論自分の技も間に合わないと踏んだガイは咄嗟に魔物とジェイドの間に跳び出す。
 無防備なジェイドに攻撃が直撃するよりも、多少なり身構えているガイ自身を盾にした方がマシな結果になるという判断からの行動だった。
「ぐぁっ」
 直撃こそしなかったものの、魔物が放った毒液は衣服ごとガイの腹を焼く。
 跳んだ勢いを殺せぬまま瓦礫の中に突っ込むと、ガイの背後から魔物の鳴き声が聞こえた。
 振り向くと、すぐ近くに魔物が迫っているのが分かる。攻撃に転じる事が出来なくとも防御姿勢を取らなければならないが、予想以上に嵩があった瓦礫に身体の自由を奪われて身体を起こすことすら儘ならない。
「――焔の檻にて焼き尽くせ イグニートプリズン!」
 ガイがもがいているとその隙に詠唱をしていたらしいジェイドの譜術が発動し、魔物は断末魔を上げその場に崩れ落ちた。何かが焼ける嫌な臭いが立ち込める。
「無事ですか」
「なんとか、な」
 近付いて来たジェイドが倒れ込んでいるガイの手を取り、引っ張り上げた。この身体のどこに片手で自分を引き上げる力があるのか、とガイはぼんやり思う。
「うぐ…」
 身体を起こしながらガイは痛みに耐える。その様子を見てジェイドは僅かにではあるが顔を顰めた。
「腐食性の毒ですね」
「ポイズンボトルがあったろ…。それと集気法を使えば…」
「毒を皮膚から離さねば意味はありませんよ。オマケにどうやら皮膚と服が少し癒着しているようです」
 道理で火傷した時のような引き攣れた痛みがある筈だ、と納得するガイを余所にジェイドは片手で懐からナイフを取り出す。攻撃用ではなく野営の為の作業や食事の準備に使うような小さいものだ。
「少し我慢してくださいね」
 引き上げる為に握ったガイの手を離さぬまま、片手で器用に服を裂き毒の付いた部分を離して行く。
 癒着した部分を剥がす際、ガイは痛みを堪える為に思わず繋いだ手を強く握った。それを合図にしているのか、ガイが手を握る力を強くするとジェイドは剥がすスピードを緩める。
 無言のまま暫くの時間をかけてガイの上衣を全て取り終えると、漸くジェイドはガイの手を離した。
「ボトルとグミです」
「すまないな旦那。ありがとう」
「とりあえず此処を出ましょう」
 アイテムをガイに使わせると、再びジェイドはガイの手を取った。
「え、旦那?」
 もう手を繋ぐ必要はないだろうと言わんばかりのガイの視線を受け、ジェイドが口を開く。
「また床が抜けでもしたら面倒ですからね。慎重に進むのは当然ですが、万が一足を取られても手を繋いでいれば最悪落下は免れるでしょう?」
「道連れになる可能性もあると思うんだが」
「独りで落ちた上にまた魔物と鉢合わせるという可能性もあります。私は貴方のように高所から飛び降りるなんて真似出来ませんから助けに入れないですし」
「オレが落ちる事前提かよ」
「私はもう同じ轍は踏みませんから」
 にこやかにそう言われ、ガイは肩を落とした。こうなったジェイドは絶対に引かないし、引かない以上は此処で問答を続けても時間が無駄になるだけだ。
「……分かった、行こう」
「物分りが良くて助かります」
 かくして、成人男性が手を繋いで歩くという他人にはあまり見られたくない状態で二人は出口を求めて歩き出したのだった。