歩く度に掛けられる「おめでとう」の声を曖昧な笑顔で潜り、さり気無くテラスへ向かう。
今年は例年よりも少し冬の訪れが早いらしい。この所軍部に詰め通しだった為に街の様子等は分からないが、それでも視界に入る人間等の服装は確かに少し前に比べるとやや厚着になっていたように思う。
テラスの縁に身体を預け、眼を閉じる。シルフリデーカンにしては少々冷たい風に熱気やらで火照った身体を晒すと、思考が少しクリアになったような気がした。
「ジェイド」
ふと、今し方自分が出てきたのと同じ場所からガイが姿を現す。そう大きな規模でもないが一応形式に沿ったパーティということで、出席者であるガイも普段着などではなくシックな黒いスーツにオレンジ色のタイを見に付けていた。貴族らしい煌びやかな服装でないのは軍人が多く出席しているのに気を使っているのか、単に彼の性に合わないからなのか。恐らくどちらでもあるのだろう、とジェイドは思う。
「主役がこんな所で何やってんだよ」
「あんな堅苦しい場所にずっと居たら肩が凝りますからね。息抜きですよ」
「そうか」
しかし今日は一段と寒いな、と腕をさすりながらジェイドの隣へ並ぶ。そのまま何を言うでもなく、ガイは空を見上げる。
そういえば、とジェイドは記憶を辿る。ここ数日忙しかったこともあってガイとは中々顔を合わせることが無かった。今日も、今始めて顔を合わせたのだ。だというのに、隣に佇むガイは何を言い出す気配も無い。そういったことにマメな彼にしては珍しい、と思う。まさか言い忘れているという事もあるまいに。
「――オレが祝辞を言わないのが不思議だって顔してるな」
思っていたことを言い当てられ、少し驚く。顔に出すようなことはしなかったが、そんなに分かりやすい顔をしていたのか、と思う。
「…貴方にしては珍しいな、と思っただけですよ」
「そうかな?」
「そうでしょう。そう云う所はマメそうですし」
「意識はしてないんだが、言われてみるとそうかもな」
でもさ、と続けられた言葉に、ジェイドは今度こそ驚きを隠せなかった。
「アンタ、誕生日が嬉しくないんだろ?」
それは確かに事実であった。過去に戻れるのなら幼い頃の自分を殺す、と言って憚らない程に自分の存在を厭っているのに、自身が生まれた日をどうして喜べようか。
「ええ、まあ。…しかし意外ですね」
「何が?」
「私がそうした気持ちを抱いてることを理解した上で、それでも貴方は祝いの言葉を言うものとばかり思っていましたから」
彼がそういう気遣いが出来る人間なのは分かっていた。けれど、それでも彼は「おめでとう」と言うものだと思っていたのだ。純粋に前を見て生きている彼ならばきっと、そう言うのだろうと。
「なんかそれ、オレが嫌味な奴みたいじゃないか?」
「…そういう意味で言ったのではないのですが」
分かってるよ、と苦笑しながら、でも、とガイが告げる。
「生まれて来なければ良かった、っていう思いは、多分、分かるから」
ジェイドには分からなかった。何故ガイはそんなことを言うのだろうか。彼は自分のような大罪を犯してなどいない、むしろ被害者であるというのに。
「オレが生まれなければ、きっと――少なくとも、姉上は死ななかった」
「ですがそれは」
「姉上はファブレに殺された。けれど、その切っ掛けを作ったのは間違い無くオレなんだ。…それをアンタは穿ち過ぎだと、加害妄想だと思うかい?」
そう言って力無く微笑うガイに、ジェイドはかける言葉が見つからなかった。
ガイも、ジェイドと同じなのだ。周りがどれだけ祝ってくれようと、どれだけ諭してくれようと、自分のことを許す事が出来ない。そんな思いを抱いているのだから、どれ程多くの祝いの言葉をかけられようが、それはただ虚しい音になって消えて行くだけ。
「……だから、オレはアンタが自分を受け入れられる日が来るまで、待つつもりだよ」
その代わり、何時かその日が来たら1番最初に言わせて貰うな。
そう言って微笑うガイを見て、ジェイドは自然と頬が緩むのを感じる。
ガイはジェイドが何を思っているかを知っている。きっと思う所もあるだろう。本心ではジェイドのせいではないと思っているのかも知れない。ガイはとても優しい子だ。それでも、急かす訳でもなく、ジェイド自身が自分を許せるようになるまでただ待つ、と言ってくれた。何より、親しい人間であろうとも簡単に内に踏み入る事を是としないジェイドの気持ちを知り、思いやった言葉だ。他人にはただ臆病なだけではないかと言われるかも知れないが、ジェイドはそうガイが言ってくれて嬉しかった。
全く、本当に彼には敵う気がしない。素面でこんなことを言ってくれるとは。
「そうですね。その時が来たら、是非お願いします」
ただ待っていてくれる、ということをこれ程嬉しく感じるのは初めてかも知れない。
「ああ。…じゃ、そろそろ中に入ろうぜ。身体冷えちまうだろ」
「確かにこの寒さは老体には堪えますねー」
「何言ってんだまだまだ現役のクセに」
金色が楽しげに揺れる。それだけで何か胸が満たされる気がした。
彼が言うように、自分のことを許せる日が何時か来れば良い。初めて本心から、そう思った。