夢の中でオレはアイツに手紙を書いてる。
書いている理由も、内容も分からない。だが、宛先がアイツであるという事だけはハッキリと分かっていた。
離れて暮らしているのなら書く理由も書きたいという思いも分かるが(例えばあの1ヶ月の間に送ったルークへの手紙のように)、何故同じ街に暮らしている、会おうと思えば毎日でも会える奴に手紙を書いているのだろうか。少しばかり考えてみたが答えは見つからない。
ただ、悩みながら少しずつ書き進めては手を止め暫く考えた後ぐしゃりと紙を握り潰して捨てる、という行為を何度も繰り返しているのを見るに、思う様に書けていないのだろうという事が伺える。
屋敷にある自分の書斎には(数年前までは想像も付かなかったことだ)既に相当数の紙屑が転がっていた。何故そこまでして手紙を書きたいのか、理解に苦しむ。が、夢の中の自分は酷く真剣な顔をして机に向かっていた。
ふと、そういえばアイツにだけ手紙を出したことが無いな、と思う。
昔、もう大分薄れてしまっている記憶の頃に、母が身内からの手紙を受け取っているのが羨ましくて、見よう見まねで思いつく限りの人間に手紙を書いて配った覚えがある。ただ幼い自分の思いを一生懸命に書き殴ったそれは、例え『ごっこ遊び』の範疇のものであろうが、幼い自分にとっては紛れも無い手紙であった。
ヴァンと再開してからは秘密裏に手紙のやり取りをしたこともある。それはどちらかと云えば指令書や伝達書といったものに近いのかも知れないが、短くとも互いの近況も書き添えていたし、手紙には違いないだろう。
そして最近であれば世界を共に旅した仲間達へ。お互いに忙しい日々を送っているせいもありそれ程頻繁ではないが、定期的に手紙で連絡を取り合っている。
ピオニー陛下とは手紙のやり取りをする必要は無いと思うのだが(それこそ毎日顔を合わせている)、彼は存外遊びが好きで、大した用事でなければ手紙と証して適当な命令(殆どは「ケーキが食いたい」等という『お願い』だが)を書いた紙を渡してくる事がある。或いは屋敷に居る自分に対し言伝や何かを書いたモノを伝令に持って来させる事もあった。
こうして考えてみると、アイツとは直接顔を合わせるか言伝以外の接触方法を持っていない事に気付く。
先に云った様に毎日会えるような相手に出す必要など無いのだが、そもそもアイツの書いた文字を見た事自体が少ない。
アイツは何か頼んだりするときは必ず口頭で伝えるし、スケジュールの関係で会うことが出来なければ差し障りの無い内容の言伝を部下に頼む。アイツの書置きという物を見たことが無いし、そういえばメモすら渡されたことが無い。それはオレ以外の人間に対しても同じようだった。
そこまで考えて、まるで、自分の存在を残さないようにしている様じゃないか、と思う。
アイツは軍人だから、仕事で書くものといえば軍関係の文書だ。そんな文章は関係者以外が簡単に目に触れられるものではないだろうし、機密の為に必要な人間が見たら処分されてしまうモノもあるだろう。
軍人としてのアイツではなくプライベートなアイツを知る人間が、この先アイツが居なくなってからアイツを思い返す時に、アイツが直接書いたモノが無いということは、何て寂しいのだろうと思った。軍関係の書類を問題無く見ることが出来るアイツと親しい人間なんて、ピオニー陛下くらいしか居ないのだ。
いや、或いはオレの考え過ぎで、オレがアイツ直筆のモノを仕事関係以外で見たことが無いだけで、アイツはアイツで仲間達と手紙のやり取りをしているかも知れないし、実は日記なんかを付けているのかも知れない。オレが、知らないだけで。オレが、見ることが無いだけで。
寂しいな、と思った。アイツ自身がというのもあるが、それだけではない。他の誰でもない、オレ自身が寂しいのだ。もし仮にこの先アイツが居なくなってオレが残された時に、オレにはアイツとの思い出しか残っていないのだ。確かにこの世界にジェイド・カーティスが居たと証明出来るモノを、何一つ持っていないのだ。アイツにプレゼントされた物があっても、それはアイツが居たという証明にはならない。例えそんな事実が無くても本人が居ないのであれば幾らでも捏造出来てしまうのだから。
嗚呼、だから夢の中のオレはこうして必死に手紙を書こうとしているのか。とそこでやっと気付く。
きっと夢の中のオレはその事に気付いたのだろう。気付いて、たった1通でも良いから、返事が、アイツが居たという証拠が欲しいと思ったのだろう。
不安なのだ。確かに存在したのだとしても、いくら忘れずに居ようとしても、記憶は薄れてしまうから。それは生きている以上仕方の無いことだから。だからこそ、薄れない、確かなものが欲しいと、この夢の中のオレは思ったのだろう。忘れてしまうというのは、とても恐ろしい事だ。
自分が起きてこの夢を忘れずに居たら、オレもアイツに手紙を書いてみよう。何を書けば良いのか分からないから、夢の中のように苦労するだろうが、それでも構わない。
手紙を受け取ったアイツはいぶかしみ疑問を持つだろうが、それでもきっと返事をくれるだろう。
そしてその手紙の中に書かれたアイツの文字を見て、アイツが確かにそこに居るということを噛み締めてやるのだ。