その知らせを受けた時、最初に心に浮かんだのは「嗚呼、とうとう」だった。
まさか甘い関係にあるとは思っていないだろうが、オレ達が随分と親しい間柄であると云う事を知っていたのだろう。使いの人間は至って淡白なとしたオレの反応を少し不思議に思った様だったがすぐにその顔を引っ込めた。不謹慎だと思って気を引き締めたのかもしれない。
そうか、死んだのか。使いの者に聞こえないように呟いて、その後は事務的な話を事務的に聞いていた。
所謂恋人であった人間の死を伝えられて尚、オレが淡々としていられるのには理由がある。
何の事は無い。酷い話ではあるがジェイドが死ぬ前から既に、覚悟は出来ていたのだ。
「遠くない内に、死ぬと思います」
そうジェイドに告げられたのは、今から数年前の事だった。性質の悪い冗談はよせ、と口にしかかった所でジェイドの表情が目に入り、そのままオレは黙り込む。その時のジェイドは、真剣とまではいかないが真面目な――少なくとも冗談を口にするような表情をしていなかった。
「近いのか」
「分かりません。数年内には確実に、としか」
「そうか」
「すみません」
「謝るなよ。――…謝るな」
誰が悪い訳でもない、と言いかけて、止めた。きっとジェイドは自分が悪いのだと思っている。その考えはいくらオレが言った所で変わらないだろう。ジェイドは自分の“罪”に関してはとても頑なだったから。オレが誰も悪くないと言っても、それは只の自己満足にしかならない。そんな意味の無い言葉を口にしたくなかった。
ジェイドは自分の行いを“罪”だと認識してからずっと、その贖罪の為に生きているのだ。昔から――死ぬまで、ずっと。
知らせを受けてから会ったピオニー陛下は随分と憔悴していた。前々から分かっていたとはいえ、やはり親友の死は辛いのだろう。
「陛下、」
「あいつは、幸せだったと思うか。ガイラルディア」
言葉を遮って、陛下が問う。ジェイドは、幸せだったのだろうか。
「…判りません」
「そう…か」
「けれど、ジェイドという人間が、義務感や責務だけで生きていけるような人間だとは、思えません」
「――そうか」
アイツ案外不器用だからなぁ、と陛下は呟いた。懐かしそうに、嬉しそうに、呆れたように、微笑ましそうに、悲しそうに。微笑いながら。
直接の原因、という物は特に無いらしい。強いて言うなら譜眼と、あの旅ということになるのだろうか。要するに己の身体を酷使し過ぎたのだろう。
告げられた時、「自業自得ですねぇ」とジェイドは笑っていた。
「ですがソレに関しては、あまり後悔していないんです」
「ソレって何だよ」
「譜眼と、あの旅についてですよ」
ソレがあったから、今の私が居るんです。そう呟くジェイドの顔は酷く穏やかだった。
生前の希望で、ジェイドの葬儀――というには埋葬するだけの余りにも簡素なものだった――は内々で行われた。家族や仲間達には、後で連絡してくれた頼んでいたらしい。参加したのは祈りを捧げる人間以外には、陛下と、元帥と、直属の部下が数人と、オレだけだった。
陛下は静かに涙を流していた。この人の涙なんてはじめて見るな、と不謹慎にもそう思う。
元帥や、棺を埋める為に参加した直属の部下らも、泣いていた。嗚呼、親しい人間以外にもジェイドの死を悲しんでくれる人が居たんだな、アンタ結構慕われてたんじゃないか。
数える程しか居ない参列者の中で、オレだけが涙を流さずにいた。流せずにいた。
もう諦めてしまっていたのだ。覚悟をしていた。いつか来るそれが、とうとう来た。それだけ。だから、泣けない。泣く理由を、既に失っていた。
滔々と読まれていた祈りの言葉が終わり、ジェイドの亡骸が納められた棺が土の中に埋められる。
それを認識した瞬間、視界が崩れた。
涙が、溢れてくる。さっきまで乾いているんじゃないかという程だった瞳が、嘘みたいな量の涙を。
嗚咽が漏れた。漏らさずには居られなかった。そうでもなければ年甲斐も泣く大声で泣き喚いてしまいそうだ。止める事なんて、出来やしない。
目を開けていたって前なんて見えない。ぼろぼろと零れる涙で、何も見えなかった。
悲しかった。もうジェイドの顔を見られない事が。声を聞けない事が。もう二度と会えない事が。彼の屋敷に行く事も、オレの屋敷に訪ねて来る事が無いのが。
ジェイドが死んでしまったことが、悲しくて悲しくて、仕方が無い。
オレはみっともなく泣き崩れながら、単純な事を思い出していた。