I’m home

 日付を跨いでから帰宅し、陽が昇る前に家を出る。仕事が忙しい時分にはそんな生活も珍しくない。
 泊まり掛けで仕事をこなした方が効率的だということは理解している。以前は移動時間ですら惜しいと考え、そうしていた。
 仮眠なら執務室でも取れるし、元々食欲は旺盛でないので一食や二食抜いた所で堪えはしない。服の替えも執務室にあれば、簡易シャワーだって近くにある。むしろ家に帰る理由が無かったのだ。
 だが、今は違う。
 以前なら無駄にしか思えなかった行為を取ってでも家に帰りたい理由があるのだ。

 玄関の扉を開け、足音を抑えながら寝室へ向かう。
 流石にこの時間ではリビングで自分の帰りを待っては居ない――以前は待っていたのだが、ある程度以降を過ぎたら食事を採れる時間には帰ってこられないからと自分が止めさせた――だろう。
 音を立てぬように、彼を起こさぬように細心の注意を払って寝室へと足を踏み入れる。
 寝室のベッドの上では、愛おしい彼が静かに寝息を立てていた。
 その顔を見た瞬間に、自分の顔が綻ぶのが分かる。
 寝顔でも構わない。自分が眠りに付く前に、彼の顔を見なければ1日が終わった気がしないのだ。1日が終わらなければ、新たな1日が始まることも無い。極めて精神的なことだが、今の自分にはとても大きなことだった。終わらぬ仕事の為に僅かな時間を惜しむよりも、彼の顔を見る為に時間を使った方がずっと有意義で効率的だった。

 精神的な一区切りが出来た所で、これからどうしようかと考える。
 目的は果たしたので、このまま執務室へ戻っても良いのだが、結局仮眠を取るのなら少しでも長く彼と共に居れた方が良い。だが、寝室に1台しかないベッドには彼が居り、下手をすれば彼を起こしかねない。
 寝心地は良くないがリビングのソファで仮眠を取ろう。大して睡眠時間は取れないだろうが、出て往く時にまた彼の顔を見れるのだからそれで十分だ、と結論を下し部屋から出て行こうとすると、ごそごそと物音が聞こえた。
「もう出掛けるのか…?」
 上半身を起こして、彼が問うて来る。
「起こしてしまいましたか」
「旦那が部屋に入ってくるのには気付いてたよ。此処で仮眠取って行くのかと思って」
 そんなに忙しいのか、という問いに、そんなことはありませんよ、と答える。
「貴方を起こすのではないかと思っただけです」
「…そんなこと気にしなくて良いのに。」
 彼がそう言うのは分かっていた。ただ、自分が彼を起こすのが忍びなかった――寝かせてやりたかったから、そうしようと思っただけなのだ。お互い譲らないのは分かっていたので、それは告げずに「すみません」とだけ言う。彼もきっと、自分の意図は分かっているのだろうが。
「まだ、仕事終わってないんだろ。早く寝ちまえ」
「ええ、そうさせて貰います」
 ベッドに入り、温かい彼の身体を抱きしめる。これだけで疲れが消える気さえするのだから、自分も随分と人間らしくなったものだと思う。
「――おかえり、ジェイド」
「ただいま帰りました、ガイ」
 束の間の――だが溢れんばかりの幸せに身を浸して、瞼を閉じた。