考えてみれば、ここ暫くの姉は妙だった。
夕食後に何気無く「明後日はどうするの?」と尋ねて来て「今のところ予定は無いよ」と返すと酷く驚いた顔をして絶句したり、その翌日には「明日は何も予定を入れてはダメよガイラルディア!」と宣言してきたり(間々ある事だが)、更にその翌日――つまり今日の朝突然「ガイラルディアとケーキを作りたいのだけれど協力してくれるかしら?」と尋ねて来たり。
元々突発的な事も多く、行動が読めない姉ではあったがここ数日は益々分からない。何せ自分とケーキを作りたいと言ったにも関わらず、姉が行ったのは指示を飛ばすのみでケーキ作りに於ける全工程はガイが行ったのだ。
慣れない菓子作りに苦戦をして、結局ケーキが完成したのは夕方近くになってからだった。
「お疲れ様、ガイラルディア。私はこれから晩御飯を作るから、貴方は少し休憩してなさい」
「うん、そうする…」
覇気の無い声でそう返し、自室に向かう。
マリィは毎年ガイの誕生日にケーキを焼いてくれるが、まさかケーキ作りがあれ程までに重労働だとは想像しなかった。ガイがそういった作業に慣れていないというのもあるのだろうが、手間の掛かるものであることに変わりは無い。益々頭が上がらないなとガイは苦笑する。
しかし一体何故彼女は突然ケーキを作るなどと言い出したのだろうか。気紛れ、の一言で済ませてしまうには指導にも随分熱が入っていたように思う。
(まあ良いか、ケーキ見て満足そうだったし…)
シスコンだと言われようが、結局姉には甘くなってしまうのだ。逆もまた然りなのだが。
ガイは崩れるようにベッドに倒れこむと、枕元に置いていた白い小さなケースを掴む。
(コレ、何時渡そうかな…)
厚みのある長方形のケースに入れられたそれは腕時計だった。
革のベルトにシンプルだが品のあるデザインの文字盤。以前友人と出かけた際に時計店のショーウィンドウに並んでいるのを偶然見つけ、一目見てジェイドに似合いそうだと思ったのだ。
その時はそのまま通り過ぎただけだったが、後日バイト代を持ってその時計店を訪れ直した時もその時計は見た時のままショーウィンドウに並んでいた。
店主に頼んで手に取らせて貰うと、確りとした重量感を感じる。話を聞くと自動巻き式の時計らしく、長い間使うことが出来るのだという。
以前ジェイドが「腕時計の電池が切れてしまったが取替えに行く暇が無い」と呟いていたのを思い出したのもあって、迷わずにガイはそれを購入したのだ、が。
(よく考えたらジェイドに貰ったのも時計だしな…)
クリスマスプレゼントにでもしようと思っていたのだが、失敗したかなと思う。
数ヶ月前のガイの誕生日にジェイドがプレゼントしてくれたのは、細かい仕掛けと細工のされた懐中時計であった。値段も相当なものらしく、いくら値が張るとは云ってもガイが買った腕時計とは比べるまでもないだろう。
(ジェイドに似合うとは思うけど、時計くれた相手に時計ってのもなぁ…)
かと云ってピオニーに、というのも違う気がするし、自分でするのも気が引ける。
行き先を失いかけているプレゼントを見つめながらガイは溜め息を吐いた。
そろそろ夕飯の時間だろうか、と思っていると玄関のチャイムが鳴った。
マリィは調理中で手が離れないだろうと思い、ガイは玄関に向かう。
「はい、どちらさま…」
「よおガイラルディア!元気にしてるか?!」
ドアを開けると間髪入れず溌剌とした声が返って来る。普段ならピオニーらしいな、と苦笑する所だが、今日は少し事情が違った。
「ジェイド…?!」
「おじゃましますよ、ガイ」
ガイと恋仲であるジェイドが家を訪ねてくることは少ないとはいえ珍しい事ではないし、ピオニーとジェイドが幼馴染であることも、ジェイドが姉と知り合いである事も知ってはいる。ピオニーはマリィと恋仲であるから家でジェイドとピオニーが鉢合わせする事も無いではない。だが、2人が一緒に家を訪ねてきたことは今までに無かったように思う。
「え、どうしたんだ?」
「どしたもこうしたも、この馬鹿に引っ張って来られたんですよ」
「馬鹿はどっちだ根暗眼鏡。可愛い恋人に自分の誕生日を教えない奴が居るか」
「誕生日?」
ガイが目を白黒させていると、奥からマリィがやって来た。
「いらっしゃい。さ、準備は出来てるわよ」
一体どういうことなのだろうか。状況が把握出来て居ないガイはとりあえず3人と共にリビングに向かう。
「おー、相変らず凄い熱の入りようだな!」
「相手が誰だろうとやる以上は完璧じゃないとね。ホラそこ座りなさいジェイド」
「……」
リビングに広がっていたのは、豪勢な食卓であった。ガイは毎年行われている自分の誕生日パーティーを思い出す。
「もしかして誕生日って…」
「ああ、今日11月22日はジェイドの誕生日だ」
そうピオニーに言われてガイがジェイドを見ると、当人は非常にバツの悪そうな顔をしている。
「一昨日ガイラルディアに聞いて驚いたわ。まさか誕生日を教えてないなんて思わなかったもの」
「いや、でも聞かなかったオレも悪いし…」
「どうせ聞いてもはぐらかしてたんでしょ。この眼鏡のやりそうな事だわ」
マリィの言う通りだったので、どうにかジェイドを庇おうとしたガイも押し黙ってしまう。
何度か尋ねた事もあったのだが、その度にジェイドは曖昧な返答をして結局日付を教えてはくれなかったのだ。
「…あまり誕生日を祝われるのが好きではないんですよ。貴方も知っているでしょうピオニー」
「知ってるがなぁ。自分はガイラルディアの誕生日を祝っておいて、いざ自分の時になってから『祝って欲しくない』と言って教えもしないのは不公平だろ」
此方も此方で図星だったらしく、珍しくジェイドが押し黙る。
「そういうこと」
だから、お仕置きも兼ねて今年は身内で盛大にやってやるわよ。と意地の悪い笑顔を浮かべながらマリィが言う。
流石のジェイドも観念したのか、力なく苦笑しながら指定された位置に着席する。そして、小さな声でガイに「すみません」と告げた。
「あ、でもオレ、プレゼントとか何も用意して無いんだけど…」
「何言ってるのよガイラルディア。少し前に何かプレゼント買ってきてたじゃない。アレ、ジェイドへの物でしょう?」
隠していた訳ではないが、まさか知られているとは思っていなかったのでガイはマリィの言葉に少し驚く。
ガイもジェイドも、つくづくこの2人には敵わないらしい。
「料理は私の、ケーキはガイラルディアの手作りですからね。心して食べなさい」
唐突な行動はこういうことだったのか、とガイは今更気付いた事実に苦笑した。