おやすみなさい

 研究所で試薬の騒ぎがあった後、バタバタとしたせいで疲労したことと、そろそろ陽が暮れる時間だということもあり、一行はベルケンドで一泊することになった。
 そこで部屋割りの話になった際、珍しくジェイドが口を開く。
「嗚呼、ガイと私は同室でお願いします」
「別に構わないけど、何でだよ?」
「大丈夫だとは思いますが、万が一先程の試薬の副作用が出た場合の事を考えると、それが一番ではないかと」
 先程の騒動で試薬を飲んだのはガイだった。今はこうして普通にして居るが、一時は仮死状態にまで陥ったのだ。ジェイドの言う通り、これから何らかの副作用が出ないとも限らない。
 なにより、自身の不調をひた隠しにしようとするガイのことだ。弟分のようなルークと一緒だと何かあっても「大丈夫」と無理をしかねないし、一人部屋だと万一何かあった時に対処が出来ない。
「そうですね、私もそれが良いと思います」
「ガイもそれで良いよねー?」
「ん? ああ、それで構わないよ」
「じゃあ決まりだな」
 その後、ガルドに余裕があることもあり、ジェイドとガイ以外はそれぞれ一人部屋になった。観光地ではないので場所は限られてしまうが、夕食も各自で自由に取るということに決まる。
「では行きましょうか」
「全く、今日は厄日だな」
 二人のいつもの掛け合いを仲間達は苦笑しながらも安心して見つつ、その場は解散となった。

 部屋のドアを開け、ジェイドは荷物を降ろす。
 すると、隣のベッドにガイがダイブした。らしくない行動を見るに、やはり年下の仲間達の前では気を張っていたのだろう。
「どうしました?」
「う、何か…眠い…」
「先程の騒動の疲れが出たのでしょう。貴方の場合は一旦仮死状態になったことで身体も疲労しているでしょうし」
「誰のせいだと…」
 悪びれた様子も見せずにしれっと言うジェイドをガイは睨むが、うとうとした様子では迫力も何もあったものではない。
「さあ、誰のせいでしょうねぇ。――今日はもう集合することもないですし、寝てしまいなさい。軽食くらいは買って来てあげますよ」
「…ん、悪い…な」
 腹はそれなりに立っているのだろうが、眠気の方が強いらしい。嫌味を言うこともなく、けれどジェイドの厚意には確りと礼を言ってから「おやすみ」と小さな声でそう呟いて、ガイは瞳を閉じる。
 暫くすると、穏やかな寝息が聞こえて来た。普段より幾分幼く見えるガイの頬に、グローブを外した手でそっと触れる。
 試薬に混ぜた睡眠薬はジェイドの目論見通り、ガイに気付かれることなく効果を発揮したようだ。

 ガイがこの所あまり睡眠をとっていないことにジェイドは気付いていた。
 だがガイ本人からそういった相談を受ける事も、また戦闘などにその影響が出た事もなく、きっかけが無い為、ジェイドが無理矢理睡眠を取らせることも出来ないまま日々は過ぎて行った。
 そんな中、今日の試薬騒ぎが起きたのだった。
 あの研究員と仲間達には悪いが、またと無いチャンスがやって来たと内心ジェイドは喜んだ。あの騒動の中なら、仲間にもガイ本人にも不自然に思われずガイに睡眠をとらせることができるだろう。
 シュウが居れば状況の説明だの何だのと理由をつけて彼に事情を説明し、睡眠薬を解毒剤に混ぜてもらおうと考えていたのだ。幸い、というべきだろうか、シュウが不在だった為ジェイド自身が直接調合することになったのだが。
 ガイが実験体に立候補をするのも予想済みだった。責任感の強い彼ならば、年下の子供を実験台に差し出したりはしないだろう。
 ジェイドの目論見は全て順調に進み、今こうしてガイは安らかな眠りについている。
 彼は本当に他人を頼る事の下手な子供だと思う。パーティー内では頼りがいのある兄貴分であり、ジェイド自身も彼に頼っている面はある。だが、その反面他人を頼ることが上手く出来ない彼は少々不安定でもあった。
 こうして、時々ジェイドがガイを思って工作をしているとは誰も思いはしないだろう。そうあるように行動してきたし、それを知って欲しいとも思わない。
 ただ、この不器用な子供がもう少しでも安らかに過ごせるように。それだけが願いであった。
 随分と自分らしくない願いだな、と思う。今までの旅で皆何かしら変わった様に思うが、自分も例外ではないらしい。
 やわらかい苦笑の笑みを浮かべながら、軽食を買う為にジェイドは腰を上げた。