雨音の囁き

 チェックインを済ませ、男性陣用に取った今日限りの自室に入る。特に話し合いをすることもなく各々が使用するベッドの位置が決まり、荷物を適当に放り置く。
 ざあざあと雨の音がする。安宿であるせいか、雨の勢いに対して音が大き過ぎる気もした。
「久し振りの宿だというのに、気を休めるには少々喧しいですね」
 上着を脱ぎながらジェイドがそう零す。雨音が不快なのか、顔を僅かにしかめていた。
 その様子を見て、中々感情を外に出さないジェイドにしては割と珍しい様子だな、とガイは思う。それ程までに音が不快なのか、疲労のせいで緩んだのかは分からないが。
「そうか?ルークは気にならないみたいだが」
 ガイの右側のベッドでは汗も流していないというのに既にルークとミュウが寝息をたてている。つい先程ベッドに飛び込んだばかりの筈だが、疲れているのか別段ひそませる事のない音量でも起きる気配はない。
「まあ旦那は軍人だから人より音には敏感なんだろうが」
「貴方は気にならないんですか?貴方だって音には敏感な方でしょう」
 ガイの言葉に明確には答えず――さり気なく肯定してはいるが――ジェイドが訪ねる。
「気にはなるが、不快ではないな」
「というと?」
「――水の音が、好きなんだ」
 どこか寂しげな表情をして、ぽつりとガイが告げる。
「…水の音、ですか」
「ああ。今みたいな雨の音や、川のせせらぎとか。グランコクマの滝の音も好きだな」
 ホドは島であった。四方を海で囲まれたホドは、大部分を人工的に作られた要塞都市であるグランコクマと違い、河川を譜業と譜術で制御などをされてはいなかったが。それ故に水害も多かったようだが、それを含めてホドの住民にとって水というものはごく身近にあるものだったのであろう。
「だから今は、どちらかというと気分は良い方なんだ」
 旦那には悪いけれど、と言って困ったようにガイは笑った。
 彼にとって、水の音というものは亡き故郷を感じることの出来る、数少ないものなのかも知れない。
「…それは、良いことを聞きました」
「良いこと?」
 ガイが訝しげにジェイドの顔を覗き込む。困る、やらであれば話は分かるのだが、良いこと、というのはどういうことなのだろうか。
「はい。まずは貴方の故郷に関することを聞けたことがひとつ。もうひとつは――」
「もうひとつは?」
 至極真面目な顔をして見つめてくるガイのことを微笑ましく想いながら、ジェイドは口を開く。
「――もうひとつは、苦手なものを克服出来そうなこと、ですよ」
 貴方が好きだと思うものを嫌える筈がないでしょう?と柔らかい笑みでジェイドが言うと、ガイは頬を僅かに赤く染めた。
「馬鹿だろ、アンタ」
「貴方の為になら馬鹿にでも道化にでもなりますよ」
 貴方がこの音を好いていると思って聞くだけど、今まで耳障りに感じていた音すら愛おしく思えますね。と、先ほどの笑みとは異なる意地の悪い笑みを浮かべながら、けれど相変わらずの甘い口調でジェイドが言う。
 その言葉に「本当に馬鹿だな、アンタ」とガイが返したが、直後発されたとても小さい「でも、嬉しいよ」という言葉は、ジェイドに確りと届いていた。