まっているわ

 祭りに行こう、と数週間前に声を掛けて来たのはピオニーだった。
 ピオニーがそういった賑やかなものが大好きなのは知っている。マリィも出来るならば彼と行きたいと思っていた。
 だが、数日前にピオニーの部下であり幼馴染でもある男から「残念ながら此処暫くは猛烈に忙しい筈ですよ、毎日あの位働いてくれれば私も楽なんですがね」と嫌味半分に情報を得たので諦めていたのだ。
 残念ではあるが、仕方のない事だと納得していた。
 だというのに、今自分の前で玄関に立っているこの男は何を言っているのだろう。
「マリィ、祭りに行こう!」
 ピオニーは数週間前と同じ表情で、数週間前と一言一句違わない言葉を発する。
「ジェイドから、貴方は暫く死ぬ程忙しいと聞いたんだけれど?」
「オレがココにいるのが答えだ!」
 ジトリと睨みながら問いかけても、返って来るのは眩いばかりの笑顔と答えになっていない答えだけだった。
 まさかとは思うが仕事から逃げ出して来たのだろうか。さすがにそこまで無責任な人間だとは思いたくないのだが。
「…分かったわ、行きましょう。すぐに支度してくるから少し待っていて」
 溜息を吐きながらマリィが言うと、ピオニーは「それでこそオレのマリィ」と無邪気な笑顔ではしゃいでいた。何だかんだ言ってマリィはピオニーの笑顔に弱いのだ。
 それに元々ピオニーと祭りに行きたいとは思っていたし、仕方ないと諦めていたとはいえそれが可能になったというならとても嬉しい。絶対に本人には言わないけれど。

 簡単に支度を済ませ、二人は祭りに繰り出した。
 様々な出店が並び、色鮮やかな明かりが人々を照らす。集まった人々は皆笑顔を浮かべ、辺りは活気に満ちている。
 マリィはこの祭り独特の雰囲気が好きだった。恐らくピオニーもそうなのだろう。
 隣を歩くピオニーをまじまじと観察すると、変装のつもりか普段よりも大分大人しめの服装をしていた。派手好きのピオニーがこんな格好をしているのを見るのは初めてかもしれない。勿論私服では、の話だが。
「どうした?」
 マリィの視線に気付いたピオニーが足を止める。
「貴方のその格好は変装でもしているつもりなのかしら、と思って」
「本当はもっと祭りらしい格好したかったんだけどなぁ」
 先程から質問の答えを微妙にずらして答えられているが、つまりそういうことなのだろう。逢えて其処には気付かないフリをして会話を続ける。心内で、迷惑を被っているのだろう彼の部下達にごめんなさいね、と謝って。決して表面には出さないが、マリィだってピオニーと暫く会えずにいて寂しかったのだ。少しだけ我儘を通させて貰おう。
 そんなマリィの思いを知ってか知らずか、時間があれば上等な生地を取り寄せて専用のものを作ったりしたかった、とピオニーは零す。
「もちろんマリィのもな!オレの見立てでうんと可愛いのをプレゼントしてやる!」
「貴方は悪乗りしがちだから心配ね」
「そんなことねぇよ」
「あります。ジェイドのなんて毎回酷いじゃない」
 マリィに対してに限らず、衣装を贈ることが好きなピオニーの最たる被害者がジェイドである。おとぎ話に出てくるような格好をさせられたり、実用的でなくもないが如何にも趣味的な格好をさせられたり。尤も、マリィもジェイドの衣装に関してはピオニーの悪乗りを楽しんでいないともいえないのだが。
「アレはジェイドだからであって…」
「大体私に何を着せても脱がすことばかり考えているクセに」
「そりゃ贈った服を脱がすのは男のロマン…」
「いやぁね、男の人って」
「ぐ」
 黙ってしまったピオニーをクスクスと笑いながら見遣る。
 マリィはこの男の年齢不相応な百面相が好きだった。勿論笑顔が一番好きなのだが――こんな風に困った顔も、図星を突かれて拗ねた様な顔も、まるで少年のようで可愛らしいと思う。増して、その顔を見せる理由が自分にあるというならば。だからついついワザと困らせるように話を進めたりしてしまう。
「貴方が脱がせないって約束するなら、着てあげても良いわ」
「お、おお、約束する!」
「本当かしら」
「本当だとも!…頭ン中までは保障できんが」
 大真面目な顔でそんな事を言うものだから、マリィは可笑しくて声を立てて笑ってしまった。
「な、なんだよ…」
「いいえ、ピオニーは可愛いと思って」
「マリィの方が可愛いだろ」
 照れる訳でも無くそう返してくるピオニーに微笑みながらマリィも言葉を返す。
「あら、この歳になると可愛いと云われてもあまり嬉しくないわね」
 するとピオニーはあーともんーともつかない声を出しながら少し思案して、何かを思いついたのか自信たっぷりな笑みを浮かべてこう言い放った。
「夜景よりお前の方がキレイだ」
「5点」
 切り捨てるようにマリィが言う。
「何点満点で?」
「100点満点で」
「低っ!ちょっと低過ぎねぇ?!マリィひどい!」
「使い古された言葉なのはまあ良いとして、思い付きで言うには酷過ぎるチョイスね」
 ならなんて言えば良いんだ…と本気で悩み始めたピオニーを微笑ましく見ていると、後ろから「ピオニー」と彼を呼ぶ声がかかった。
「矢張り此処でしたか。手間をかけさせないで下さい」
「げっ、ジェイド」
 深い溜息を吐いて、ジェイドが小言をネチネチと言い始める。
 どう見てもオフとは言い難いジェイドを見て、ああやはり抜け出して来たのだなとマリィは思う。
「残念ながら時間切れです。無理やり時間を作ったんですから、今日は大人しく戻ってください」
「え?」
「馬鹿、マリィの前で言うんじゃねーよ格好悪ィだろ」
「元々マリィの前で繕う程の体裁を持ってないでしょう貴方」
 散々みっともない所を見られてるんですから、と言うジェイドの口は嫌味ったらしく弧を描いている。どうやら諸々の迷惑を掛けられた分の仕返しらしい。
「だー、いいから戻るぞ!!」
 家まで送れなくて悪いな、とすまなそうに告げるピオニーに「十分よ。ありがとう」とマリィは返した。
「マリィは部下に送らせますから、心配せずに仕事に戻って下さいねー」
「分かった分かった戻る。ジェイドお前後で覚えとけよ」
「おやぁ、仕事を抜ける暇を作る為に奮闘した部下にそんな事を言いますか」
 いつものやり取りを交わしながら人混みに消えていく二人を見つめる。
 ピオニーが仕事を放り出して抜けて来た訳ではないという安堵と、未だ片付かない程忙しいのに自分と祭りへ行く為に無理に時間を作ってくれた喜び、そしてほんの少しの寂しさ。そんな色々な感情が綯交ぜになった気持ちで胸がいっぱいになる。
 彼の仕事が終わったら少し優しくして調子に乗らない程度に甘やかしてあげようと決め、まだ収まらぬ喧騒の中ジェイドの残した部下と共に自宅へと向かった。