此方の気も知らないで - 3/3

 ガイは落ち込んでいた。
(どうして殴っちまったんだ…)
 昨日がジェイドの誕生日だと陛下に聞いてまず驚いた。
 一緒に食事までしていたのにジェイドは何も言わなかったし、態度も何時もと何ら変わらなかった。と、思う。恋人という立場にあるのだから教えてくれても良かっただろうに。
 半ば無理やり執務室に行くように言われ、軍部までの道を歩く内に最初に感じた驚きが段々と怒りに変わってきた。
 ジェイドがそういうことを気にしない性質だというのは分かっている。しかし、それでも毎年恒例である陛下の誘いを断ってまで自分と一緒に食事をしたのに、彼ならそれとなく話題に出す事も出来ただろうに、それをせずに昨日という日を終えたのだ。
 誕生日こそ知らなかったが、ガイはジェイドの誕生日を祝いたいと思っていたのに。
 そんな事を考えながら怒りが頂点に来た所で――丁度と言うべきか生憎と言うべきか――ジェイドの執務室に着いてしまったのだ。
 後はジェイドを殴って退室しそのまま宮殿まで戻り仕事をこなして今に至る。
(いくら腹が立ったとはいえ、殴ることは無かっただろう…)
 時間が経ち幾分冷静になった今、ジェイドが誕生日を告げなかった理由が分からないでもなかった。
 ジェイドは、過去に自分が犯した罪ごと自信を厭っているのだ。そして世間一般では普通、誕生日は生まれて来たことを祝い感謝する日なのである。
(自分からそんな日を言う筈が無い)
 或いは単にそういった行事ごとに興味が無いだけなのかも知れない。ジェイドが逐一記念日などを気にする性格とも思えなかった。
(そんな事は分かってる。分かってる筈なんだけどな)
 ガイが今落ち込んでいるのは、ジェイドの気持ちを量らず自分の感情に任せて彼を殴ってしまった事を後悔しているからだ。だがそれ以外にも大きな理由があった。
 ジェイドが、自分の誕生日を他人に告げるものだと思っていないこと。なにより「ガイが知らなくて良い情報」だと考えているらしいという事が自分でも驚くほどガイにダメージを与えていた。
 価値観が違うことは分かっていた。分かっていた筈だった。
 それでもこうして浮かない気分になるのは、ガイにとって誕生日が特別なものであるからだ。
 ガイ自身も、未だに誕生日を手放しに喜ぶ気にはなれない。ガイの誕生日は自分が生まれた日であり家族が死んだ日だから。それでも、自分が生まれたことを喜んでくれた人が、喜んでくれる人が居ることは確かだから。誕生日は幸せな日だと思うのだ。
 罪を犯したとか取り返しのつかない過去を顧み後悔や嫌悪するよりも、その罪を知りながら今のジェイドを知る人が彼の誕生日を祝おうとしてくれる人が少なからず居るのに。自分も出来るならばそうしたいと思っていたから。
 やはりジェイドの誕生日を祝いたいと思った。
「だからこそ、殴ったのは拙かったよなぁ」
 今度は声に出して、そう呟いた。
 ジェイドに謝りに行こう。ケーキでも持って行って、休憩の時に食べるようにでも言ってみようか。
 彼はきっと怒っているだろう。去り際に見た顔は明らかに不機嫌だった。まあジェイドからすれば理不尽に殴り付けたのだから当然だ。
 許してくれないかも知れない。その点はガイが悪いので仕方がないと思うしかない。
 どの道理由を知りたがるのは間違いないだろうが教えるつもりはなかった。殴ったことは悪かったと思うし謝るつもりでもあるが、それ以外については本心であるし譲る気も無いのだ。
 だから、今更おめでとうやありがとうを言うつもりもなかった。
 ジェイドが云わないのなら、こちらも直接祝わないでやろう。
「そうと決まれば、まずはケーキ屋だな」
 腹を括ってしまえばあとは行動するのみ。
 先程よりは幾分晴れやかな顔でガイは立ち上がった。