自分の記憶が確かならば、ガイは非常に酒に強かった。
旅の途中彼と酒場で飲み交わしたこともあるが、一般的にはかなり多い量を飲み干した時も彼は殆ど酔った様子を見せなかったのだ。
ジェイド自身も酒には強く、ザルだのつまらないだのと幼馴染に言われたこともある。だがそれと同程度かそれ以上に強いガイには内心舌を巻いたものだ。
平然と度数の高い酒を空ける彼を見ながら、下手をすれば自分の方が先に潰れてしまうのではないかとさえ思っていた。
――筈だったのだが。
そのガイは今、かなり酔い足元すら覚束無い状態でジェイドに支えられている。
「もうすぐお屋敷ですから確りして下さい」
「あぁー、うん、そうだなー」
グランコクマにあるジェイド行き付けの店で呑んでいたのは30分程前のことだ。
お互い慌しかった仕事も一段落し、久々に呑みにでも行こうとジェイドがガイを誘ったのは良いのだが、今までとは全く違うガイの様子を見て早々に退店したのだった。
初めて見る酔った状態のガイに、ジェイドは戸惑いを覚える。絡む訳でもなく喚く訳でもなく此方の言葉に対して頼りにならない返答が返って来るだけで、酔い方自体は酔っ払いの中ではマシな方だろう。だが、ザルを通り越した呑みっぷりを自分の目で何度も見ているジェイドにとって、今のガイの状態は俄かに信じられるものではなかった。
「スコッチを一人で一瓶空けて飄々としていたのに、どうしてワインボトル半分で此処まで酔うんですか」
「さぁなぁー何でだろうなー」
ふにゃふにゃとしたガイの返答にジェイドは溜息を吐く。この状態では何を聞いても無駄だろう、と判断し無言のまま歩みを進める。
「ほらガイ、着きましたよ」
んー、と言ったきり反応しないガイを支えたまま、ジェイドは屋敷のドアを叩く。
暫くすると屋敷の中からペールが顔を出し、二人の様子を見て驚いた顔をした。
「ガイラルディア様! カーティス大佐、これは一体…」
「酒場で呑んでいたんですが、ガイが酔ってしまいまして。半分寝ているようですし、部屋まで通して頂けませんか?」
大柄なガイを小柄な老人が部屋まで運ぶのは骨が折れるだろうというジェイドに、ペールは申し訳ありませんと頭を下げ部屋へ誘導する。
案外体重のあるガイを引きずるようにして運ぶのはジェイドにとってもあまり楽な作業ではなかったが、無事にベッドまで連れて行くことが出来た。全く、どこかの幼馴染ならともかくガイにこんな手間をかけさせられるとは夢にも思わなかったな、と心内で思う。
倒れこむようにしてベッドに寝転んだガイはそのまま気持ち良さそうに寝息をたて始めた。その様子を見て、翌日辺り直接ガイに今日の顛末を告げて反応を見て楽しんでやろうとジェイドは心に決める。
「ところで、ガイは酒に弱いんですか?」
ふと、ジェイドはペールに疑問をぶつける。
今まで呑んだときの様子全てが演技であるとは考え難いが、今日の様子も演技とは思えない。ガイが酔うのには何か条件でもあるのだろうかと思い、彼をよく知っているであろうペールに聞いてみることにしたのだ。
「キムラスカのお屋敷でも度々飲酒はしておられましたが、酔っている所は一度も見たことがありません」
こんなに酔ったのは初めて見るのだと、老騎士は告げた。
「そう、ですか」
ならば、今日のワインが彼に合わず悪酔いしたのだろうか。しかし、ワイン自体は以前も呑んでいたし、今日呑んだワイン自体の質が以前と極端に変わった訳でもない。馴染みの店であるから可笑しな薬を盛られたとも考え難い。
一体何が今までと違ったのだろう、と考え込むジェイドにペールが声を掛ける。
「ですが、ガイラルディア様のお父上もお母上も、…ガルディオス家の方々は皆、あまり酒は得意では御座いませんでした」
遺伝なのかも知れませんなぁ、と呟くペールの瞳は、とても優しい色をしていた。
それは騎士というよりはむしろ、子や孫を見守るそれだ。
「ですが――」
それでは今までどんなに呑んでもの飲酒しているとは思えない程普段通りだったガイは、どう説明するのだ。と、ジェイドが言おうとしたのが分かったのだろう。
ペールがゆっくりと口を開く。
「ガイラルディア様は今まできっと、常に気を張られていたのでしょう」
上官や身分が上の人間と酒を酌み交わした際に、まるで呑んだ気がしなかった経験等は御座いませんかな。そうゆっくりと問うペールに、なるほどとジェイドは納得する。
ジェイド自身はあまりそういった経験は無いが、緊張が酔いを凌駕しているとそういった現象が起こるのだということは解る。
「なら、――彼に受け入れられたと、彼が受け入れることが出来たと、考えても良いんでしょうか」
考えてみれば、彼の半生はずっと緊張を強いられるものだった。それが此処に着て漸く力を抜くことが出来るのであれば、それはとても良いことなのではないかとジェイドは思う。全て無意識ではあるのだろうが。
「そうであれば良いと、私は思います」
ガイを見守りながらそう口にするペールを見て、ジェイドは微笑んだ。