少々変わった訪問者が私の元を訪れるようになったのは世界が平和になってから暫くして、といった頃だと思う。
そもそも何を以って平和であるのかは私には分からないし何より興味が無かった。おまけに外界との接触が殆ど出来ぬ身であったから見張りの兵達の会話を聞いて、どうやら外界ではそういうことになっているらしい、という程度の判断だった。
しかし結局それも暇潰し以外の何でもなく興味の範囲外の物事だったので思い返してみれば、というだけの話であるが。
兎も角、その訪問者は変わっていた。これだけでは具体性に欠けるだろうが、事実初見でそう感じたのだから仕方がない。そしてその印象は初対面から数ヵ月経った今でもさして変わってはいないのだから。
「やあ、元気にしてるかい?」
これがその訪問者の第一声だった。
暗く湿った牢獄に明るく溌剌とした声が響く。その声が何故か厭に耳障りで、私は顔を顰めた。
「…誰です?私にアナタのような知り合いは居ませんが」
「そうつれない事言うなよ。折角アンタに会いに来たんだからさ」
「頼んでなんていませんがね」
「まあまあそう言うなって。今日は死神…いや薔薇だったっけ?まあいいや。オレは、元六神将のディストじゃなくて、サフィール・ワイヨン・ネイス博士に会いに来たんだ」
些か懐かしい――具体的な数字は分からないが懐かしいと感じる程、私はそれらの呼称から遠ざかっていた。全て『私』を示すモノだと云うのに――名を重ねるとその訪問者は右手を差し出してにっこりと笑った。
犯罪者として投獄されている身である私に気さくに話しかけてきた挙句、笑顔で握手まで求めて来たのである。此処まで言えばその変わり様が欠片でも伝わるだろうか。
当然私は差し出された手を取ることはしなかったが、初対面にも関わらず親し気でありながらも押し付けがましくない態度を取る、その変わった訪問者に少し興味が湧いた。
少々変わった訪問者の名前はガイラルディア・ガラン・ガルディオスという。嘗て存在したホド島の領主であったガルディオス伯爵家の生き残りだというが、私にとってその情報はさして重要ではなかった。
この青年は譜業や音機関に並々ならぬ興味があるらしい。既に習得している知識も趣味の範囲というものを逸脱しており、ベルケンドやシェリダンの職人たちと対等に会話できる程に――私程では無いがそれでも素人としては十分過ぎるだろう――豊富な知識を持っているようだった。そして私が造った音機関に並々ならぬ興味があるらしい。私にとって重要なのはその点だけだ。
囚人である故、譜業に関する部品や道具はもちろんペンひとつ紙一枚すら与えられない状態の私にとって、日々出来る事など脳内で悶々と計画や設計図を考える他にない。素晴らしいアイディアを思いついたとてそれを書き留めることすら出来ないのだ。無論、天才たる私が書き留めることが出来ないからといってそれらを忘れるなどあり得ない話ではあるのだが。
しかし、自らの考えを書き留める際に新たな発見や改良の余地を見つけることもある。書き記すというのは構成や他人に伝えるという目的の他に、己の考えを整理する為に必要なことでもあるのだ。
だが、そういった効果は紙などに記す以外でも得る事が出来る。そう、会話だ。ある程度以上の知識を持つ同士で会話をすれば或いは書き記すよりもより素晴らしい結果を得る事が出来る。昔、彼らと議論をしたときのようにとはいかないが、それでも一般人よりも譜業知識があるガイラルディアとの会話は私の考えを練り上げる為に、壁に話し掛けるよりずっと実のあるものだった。
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ガイラルディアは毎週必ずローレライの日に現れる。
面会の手続き上なのか、仕事の関係なのか、あまり関わり合いになりたくない方の幼馴染の意図なのか、再び道を共にしたいと思っている方の幼馴染の意図なのか、或いは彼本人の意図なのかは分からない。が、理由は分からずとも必ずその日に現れることは紛れもない事実であった。
また、面会の際にガイラルディアが警備兵や従者を伴うことが無い所を見ると、この青年は今やマルクト皇帝たる男から相応に信頼されているのであろう。戦闘能力が高いことは(例え私が当時彼の存在を認識していなかったのであっても)嘗ての出来事――ヴァンの野望を打ち破ったという事実から十分に理解している。
だが、不本意ながら幼馴染であるこの国の皇帝は、それだけで罪人の元へ単身来訪することを許すような甘い男ではなかった。一見馬鹿のようにすら思えるあの男は――勉学面では自分やジェイドに敵う筈もないが――回転が良く機転も利く切れ者なのである。
「貴方、一体何者ですか?」
それなりにガイラルディアと打ち解け、週に一度行われるようになった譜業講座に慣れてきた頃、そう聞いたことがあった。
「突然だな。何者って…一応、伯爵だが」
「そういった下らない制度に準じた身分を聞いてるんじゃありません。大体、単なる伯爵風情はこんな所に通って譜業の話を聞いたりしないでしょう」
「そう言われてもなぁ…。陛下は随分オレのことを信用して下さってるみたいだが、理由はオレにもよく分からないし」
さらりとそう口にするガイラルディアには、影や哀愁と云った暗さを全く感じなかった。本当に彼は理由をよく分かっていないのだろう。自分自身、奴の考えることなど理解出来た試しがないことを思い出す。
「そうですか」
「そうなんだよ」
気になることではあったが、ピオニーならば仕方ないとそれ以来この話題を口にすることは無かった。
そんなどうでも良い事を思い返しているのには理由があった。毎週必ずローレライの日に訪ねて来るガイラルディアが今日に限って一向に姿を現さないのだ。
彼の来訪を楽しみにしているから等という事ではなく、既に譜業について彼に論じる事が習慣と云って良い程に身に付いてしまっているので単に突然サイクルを狂わされて落ち着かないというだけの事である。
仕事が忙しいのか、体調でも崩したか。いずれにせよ一応は伯爵という立場にある者なのだから直接来ないならば来ないで使いの者なりが来るだろうと待つことにする。
「全く、この天才ディスト様を待たせるとは良い御身分ですね」
発した言葉はがらんとした独房に素っ気無く響く。
――とうとうその日、ガイラルディアやその使いの者が私の前に姿を現すことは無かった。
そして翌週の今日、ガイラルディアは何時ものように私を訪ねてきた。
「やあ、」
「私を二週間も待たせるとは伯爵だか何だか知りませんが良い御身分ですねガイラルディア!」
何かを言おうとした彼の言葉を遮り畳み掛けるように不満をぶつける。此方は請われて物を教える立場なのだから連絡の一つや二つや三つや四つ寄越すのが常識だ。何より、相手はこの天才なのだから。
「ああ、先週は済まなかった。心配してくれたんだな」
「だだだだだ誰がアナタなんかの心配をするもんですか!私は単に自分の予定を崩されるのが嫌なだけです!」
「ははは、つれないなぁ」
私の言葉を受けてガイラルディアが困ったような笑みを浮かべるのは何時もの事だ。だが、今日はその笑顔に影がある。切り返す言葉もどこか覇気がない。
「先週、何かあったんですか」
私の言葉に一瞬動きを止めたガイラルディアは曖昧な笑みを浮かべた。初めに見せた溌剌とした笑顔とも、譜業の話をしている時に見せる生き生きとした笑顔とも、時折見せる柔らかな笑顔とも違うそれは、作りたい表情を作れなかったようでとても不格好であった。
薄れた日付感覚をどうにか手繰り寄せ、先週の日付を思い出そうと試みる。
先週の今日は確か、イフリートデーカン・ローレライ・41の日。その日に何があっただろうかと記憶を探る。
「ホド戦争開戦の日――…ああ、貴方の誕生日でしたか」
「…知ってたのか。いや、そうだな、知ってても可笑しくないか」
キムラスカやダアトではそうでもないが、マルクトではホド戦争開戦日がホド領主嫡男の誕生日であるということがそれなりに知れ渡っていた。悲劇を煽るには丁度良いエサだったのだろう。尤も、私には興味のない事柄であり今記憶の隅に引っかかっていた物を思い出したのだから、ガイラルディアの発言は正確ではないが。
先週姿を現さなかった理由は其処にあるのだと、ガイラルディアの様子が雄弁に語っていた。
「忘れれば良いんですよ」
私の言葉に、ガイラルディアがハッとした表情で此方を見る。
「貴方に何があったかなんて興味はありませんが、思い出して落ち込むような事なら忘れなさい」
「…そんなこと、」
「出来ないのなら、笑って思い出せるようにすることですね。落ち込むなんて非生産的な事に時間を費やすのは馬鹿のすることです。ああ、生産性でいうなら怒りというのもアリですか。どちらにせよ、糧に出来ない過去なら捨ててしまいなさい」
先生と過ごした日々は今思い出しても幸せなものでソレを取り戻す為に私は長い年月様々な努力をしてきたし、復讐日記をつけることで奴らに仕返しをしようと闘志を燃やすことも出来た。どちらが良いかなど比べるべくもないが、どちらもこの天才を今日の天才にする為には有意義なものであった。後者が不快でないとは言わないが。
「――アンタは強いな」
「当然でしょう!私を誰だと思ってるんです」
天才薔薇のディスト様ですよ!と言うとガイラルディアは何時ものように苦笑した。其処は褒めそやす所であるのだが。
「そう、だな。いつまでもメソメソしてたら姉上達に申し訳が立たない」
ありがとう、ディスト。と微笑むガイラルディアに、慌てて口を開く。
「貴方が暗いとただでさえ暗鬱な此処の雰囲気が更に暗くなりますからね!」
「ははは」
「何が可笑しいんです!!」
持ち直したらしいガイラルディアを見て、内心ホッとする。彼の調子がおかしいと此方まで調子が狂うのだ。
全く手間のかかる、と思うが悪い気分ではない。
正直に言えば、多少手間がかかっても構わないと思う位に私はガイラルディアという人間を好いている。友人であると認めても良いだろう。
来年のイフリートデーカン・ローレライ・41の日にガイラルディアが私の許に現れたなら、その時は何かプレゼントをしてやらないことも無い。
そんな事を考えながら、何時もの様に譜業についての会話をガイラルディアと交わしていた。
ガイに「後ろを見てても良いんじゃないの」って言えるのは誰かなぁと考えたら、ディストくらいしか居ないかなと。
とても祝ってる文じゃないですが、ガイ誕生日おめでとう。