正義は死んだ。

 何故、人であるのだ。

 

 己の一族を殺し尽くした紅の男を憎んだ。幼子にとってその紅の男は人ではなかった。己と、己の一族と同じ人があれ程までに非道い所行を行う事が出来ると思えなかった。紅の男はただ確かに存在するという点を除いて鬼や悪魔と同じであった。幼子は誓った。復讐の念を以て悪鬼の如し非人を討つと。それは男の血族や配下の者達とて同じであり彼等もまた幼子にとって人などではあり得なかった。あり得てはならなかった。彼らを討つ事が幼子を支えるものであり幼子に残された正義であった。

 時が経ち、幼子は紅の男の屋敷に使用人として潜り込み、復讐の機会を狙うばかりとなった。幼子は庇護されるばかりの存在ではなく一人の復讐者となった。笑顔を振り撒きながら胸の底で憎悪を抱いて居た。男に、夫人に、その子供に、騎士に、使用人に。その屋敷の下に居る全てのものに。

 それに気付いたのは何時の事であったか。自覚してしまったことに後悔をした。知らぬままで居られればどれだけ良かったであろうか。そう思ってしまった己を嫌悪した。
 彼等は皆、人であった。泣き笑い怒り許し想う人であった。愛しさや優しさを持った人であった。また優しさは己にも向けられた。向けられてしまった。その優しさはかつて己に向けられていた優しさと同じであった。いっそ己が彼等に手酷く扱われていれば気付かなかったかもしれない。気付きたくなどなかった。だが気付いてしまった。知ってしまった。彼等は確かに優しさを己にも注いでいた。幼子は戦慄する。彼等は皆、人であった。己と、殺された己の一族と何ら変わりのない人であった。人が、人を殺した。その事実と真実を悟った。討たねばならぬのは悪鬼ではなく人であったのだということを知った。己もまた紅の男のように人を殺さねばならないのだと。幼子は揺れてはならぬものが揺れた事を感じる。男と同じ存在になりたくは無い。だが男を討たねば一族の無念は晴らせぬ。人を殺さねば。

 感情で彼等を憎み復讐を誓っていた幼子は以来理性で以て彼等を憎み復讐を誓うようになった。一族を殺されたという憎しみが消えた訳では無い。だが男が、屋敷の下に居る全てものが非人であると思い込んでいた時とは憎しみの密度が違ってしまっていた。殺意の意味が違ってしまっていた。それは残酷な子供の決意では手の及ばぬものであった。冷酷な復讐者の決意を以てして成し遂げることが可能であるものであった。幼子が真に復讐者になって手にしたものは恨みとよく似た憎しみであった。湧き上がる場所が理性である分その憎しみはより深いものであるように思えた。それは事実そうであるのだろう。だが感情で生まれた憎しみよりもそれは複雑であった。その憎しみは感情で生まれた憎しみのように純粋ではなかった。
 
 
 

 貫く為には幼子は優し過ぎたのだ。