赤く丸い果実を手に取って、するすると皮を剥いて行く。
このまま食べても十分に美味しい(実はその方が好きだったりする)のだが、今日はこれを使ってパイなんてものを作らねばならない。
生憎と菓子を作るという女の子のような可愛らしい趣味は持ち合わせていないのだけれど、どこぞの皇帝陛下が「アップルパイが食べたい。ガイラルディア手作りの」なんて我儘を言うものだから。
薄く切った果実を鍋の中に入れて暫く火を通す。果実自体の水分が出て来たら砂糖と檸檬の果汁を少し入れる。
手間の掛かる作業をしながら「一々我儘を聞いてやる必要は無いんですよ」という言葉を思い出した。そう言った彼は今、キッチンの近くで本を読んでいる。(一応居間で読むことを勧めはしたのだが。)
果実が煮えて来たらしく、キッチンに甘い、それでいてくどくない香りが広がる。
今度、甘さを控え目にしたジャムを作ってみようか。パンに塗るだけでなく、紅茶に入れても美味しいのだと聞いたことがあった。
フィリングが出来上がったら、作っておいた生地にそれを流し込む。薄く切った生地を格子状に並べ上に卵黄を塗れば、あとはオーブンで焼くだけだ。
「何でも器用にこなしてしまうんですね」
本を読んでいた筈の声が真後ろから聞こえ、少しだけ肩を揺らした。
「流石、元・使用人というところですか」
付け足されたからかいの言葉にまあなと答えて笑みを向ける。
実は彼が本を読むフリをしてこちらを見ているのだと知っていた。
その視線のお陰で、ずっとドキドキしながら綱渡りのように調理をしていたなんて、知らないに違いない。
もし知っているとしても、白状なんてしてやらないけれど。
「悔しいし、な」
「何か?」
「いや」
旦那も食べるだろ?アップルパイ。
そう尋ねると、ふわりと笑顔が降って来た。
「ええ、勿論」
2人が佇むキッチンには、柔らかい匂いが満ちている。