白を願う

 落ち着かない。
 殺気を受けている訳でも、警戒すべき時でも無いというのに、気付けば剣の柄に手を添えてしまっている。或いは、剣士としてならばそういった行為は正しいものなのかも知れないが。しかし此処まで落ち着かないのは我ながら異常だとガイは思う。
 宿泊先のホテルを出て、宛てもなく歩く。他の街であれば夜の散歩等と洒落込んだ言い方が出来るのだろうが、このケテルブルクという街はそういった事には不向きな街であった。わざわざ寒さに耐えて夜出掛ける住民も居ないのだろう、酒場などという物もホテル内部以外には無かった。あるものといえば降り積もる雪ばかりである。
 ただ一軒、観光客用のカジノがあるが、ガイは其処を避ける道を選んだ。軽い音を立てながら雪を踏みしめ歩く。何故だか、人に遭いたく無かった。

『敵国』に入ったからか、『故国』に帰って来たからか。或いは両方なのか。
 判断は付かなかったが、神経が高ぶっているのは確かだった。気を抜けば、ふと何でもない出来事の拍子で切りかかってしまいたい衝動に駆られる。
 先程も、ホテルの廊下であの子供に声をかけられた瞬間、殺気立ってしまった。ほんの一瞬だったが気付かれてしまっただろうか。だが、振り返ってから見たあの子供の表情には怯えも驚きも無かった様に思う――。

 人気を避けて歩いている内に、公園に辿り付いていたらしい。昼の間は子供達の明るい声が聞こえる場所も、夜になればひっそりとしている。昼の印象が強いからだろうか、只でさえ寂しさを感じさせるこの街の夜に於いて、此処は他の場所よりもずっと寂しげに思える。
 ふと気が向いて公園の中に足を向ける。少しばかり置かれた遊具の上にも確りと雪が積もり、日が暮れてから随分経つのだということをその光景は改めて教えてくれた。
 ――と、其処で視界が突然急な旋回をする。背中に軽い衝撃を受けて、目を瞬かせる。
 思った以上にぼんやりとしてしていたのか、雪に足を取られたらしい。パーティーの皆には見せられない失態だ、と失笑を漏らす。
 転んだまま、空を見遣る。曇天の空に星は見えず、白い雪が降り続いていた。
 顔に触れる雪が酷く冷たい。洋服の上からもじわりじわりと熱が奪われて行くのが分かる。けれど、何故だかその冷たさが心地良かった。
 この冷たさに埋もれて頭を冷やせば、理由の分からぬ衝動も消えて行くだろうか。陽の光で解ける雪のように跡形も残さず。それとも、雪に覆われた地表の様に硬く冷たく眠っていてくれるだろうか。
 ――どちらでも良い、と思う。ただ表に出てくることさえなければ。『その時』まで、静かにしていてくれれば。
 まだ、賭けは続いている。あの子供は、間違いを犯しながらも、それでも前を向いて進もうと努力している。
 もう少し、それを見続けていたい。あの子供が何を成すのか、何を成せるのかを見届けたい。
 だから、それまでは。

 鋭く優しい冷たさに身を任せて、それだけを願った。


白く遠くで何故ガイが寝転んでいたのかの補完話ですが、これだけでも成立はすると思います。