愛されたい、というのは至極我儘なことだとガイは思う。
他人がそう願ったり知人がそう口にするのは別段我儘だとは感じないし、求められれば出来得る範囲で与えようと心を砕ける。だが、自分に限ってそれはとても傲慢で我儘なことだと思うのだ。
愛されたいというのは即ち今現在愛が足りていないということである。愛が足りないと感じるから愛されたいと願う。なんて傲慢だろうか。
自分には愛を注いでくれる人が居た。生後間も無く親と死に別れ愛を知らぬまま生きて来た人がいる中、沢山の人達に愛された記憶と経験のある自分はなんと幸せなことか。
愛してくれた家族はもう居ないが彼女等が愛(あれは責務等では無いとガイは考えている)を以て自分を守ってくれた。その結果自分は今この時を生きている。それはなんと幸せなことか。
そう、自分は幸せなのだ。愛された結果、幸せなのだ。今が幸せであるのならこれ以上なにを望めようか。
(それがただ失う恐れからくる詭弁だと私は知っている)