月見をするぞ!とピオニーが唐突に言い出したのを聞いて、ガイは驚きを示しジェイドは呆れ果てた様子で溜め息を吐いた。
夕刻を過ぎて尚二人を城に引き留めていたのはこれが理由だったらしい。
「陛下、突然そんなこと言われましても…」
「突然じゃない、前々から決めてた事だ。お前達には伝えて無かったが」
その証拠にこの通り仕事は粗方片付けてある、と自慢気に胸を張るピオニーを見て、ガイはここ数日真面目に職務に励んでいたのはこの為だったのかと今更気付く。
「貴方は本当に遊びには手を抜きませんね」
ジェイドもガイと同じ事に気付いたのだろう。普段から真面目に仕事をしてくれると有難いんですが、等と溢している。
「何事も本気でやるから楽しいんだろうが」
「その理屈なら本気でやっていれば仕事も楽しくなるんじゃないですか?」
何時もより幾らか投げ遣りに、だが確りと吐かれるジェイドの嫌味を黙殺してピオニーが言う。
「まあ何も人を集めてパーティーやら祭やらをやる訳じゃない、お前等と月を見て少し酒を呑むってだけのことだ」
だからそんなに困った顔をするなガイラルディア、と名指しされ、ガイは自分が非常に情けない顔をしていたことを自覚する。
「貴方が何時も迷惑をかけているからでしょう」
「そんな事無いよなぁ、ガイラルディア」
「今、正に困らせているじゃないですか」
目の前で交わされる軽口の応酬に口を挟めずガイがただ苦笑していると、メイド数名が部屋に何かを運び入れて来る。ピオニーの言葉からすると恐らく酒やグラスの類だろう。
「おお、ご苦労。下がって良いぞ」
机の上に全てを置かせメイド達を下げるとピオニーは嬉しそうに酒瓶を取って窓際に腰掛けると、ジェイドとガイを近くへ呼び寄せた。
もうこうなっては何を言っても無駄だと今までの付き合いから理解しているのだろう、文句を言いつつも素直にジェイドが歩み寄る。
そんな様子を見て、相変わらずだな苦笑しながらガイも窓際へ近付いた。
「ほら見てみろ、綺麗な満月じゃないか」
「うわあ…」
滝の裏側から望む月は水流に輪郭を暈されながらも明るく柔らかな光を発し、水の動きによる反射で星とも陽射しとも違う瞬きを伴って室内を照らす。
「綺麗だ」
「…本当に、綺麗ですね」
「こんな月は此処からでないと見れないからな」
ガイに続きジェイドまでもが感嘆の声を上げるのを見て何処か満足気に、ピオニーが言う。
その子供が自分の持ち物を自慢しているようにも見える表情で、ピオニーが本当にしたかった事が何なのかをガイは悟る。
「じゃあ、この月をツマミに乾杯と行こうじゃないか」
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三人だけの月見という名の酒盛りは小一時間程度でお開きとなった。酒を呑むには少々短い気がするが、城の一室から元々低い位置にあった訳でも無い月を望むのは一時間程度が限界だった。
本当に酒を呑むというよりも月見がメインだったようで、何時もならもっと良いだろうと駄々を捏ねるピオニーだが今日は素直に二人を解放した。もしかしたら理由も分からぬまま引き止めた事を悪いと思っていたのかも知れないな、とガイは思う。
今、二人はガイの屋敷の前に居た。酔った伯爵様を一人で返す訳にもいきませんし送って行きますよ、というジェイドの言葉にガイが甘えた結果だ。
夜も遅いので泊まって行くかと尋ねると、明日も早いのでと断られてしまった。
ガイ自身その返答を見越した上で発した提案だったので、別段落ち込みなどはしなかったが、やはり少しばかりの寂しさは感じるものだな、と思う。
「では、また明日。おやすみなさい」
「また明日。おやすみジェイド」
そんな心の内を感じさせぬような笑顔で別れを告げる。
キスやハグもしない恋人同士がするには少々あっさり過ぎるやり取り。
何時もなら気にならないそれが、今日はほんの少し寂しく思えた。思ったより酔っているのかも知れないな、とガイは自嘲する。
そんな事を思いながら見送るガイの視界で、数歩足を進めてからふとジェイドが歩みを止める。
「そうそう」
言い忘れていましたが、という言葉と共に振り返った。一体何をと疑問を浮かべるよりも先に、夜風に乗ったジェイドの声がガイの耳元に届く。
「私が月を見て綺麗だなと思うのは、貴方と一緒に居る時だけですよ」
三日月に似た笑みを浮かべながら、彼はそう告げた。