陽が完全に暮れてから久しい時間、とあるマンションの一室に明かりが灯った。
普段なら研究室から疲れて帰宅したジェイドを温かい笑顔で迎えてくれるガイは今、居ない。
その事にほんの少しばかり気落ちして溜め息を吐く。期日が近い課題が終わらないというのだから、仕方が無いのだが。今日は大学に泊まり込む事になりそうだとガイから聞いたのは今朝の事だ。
ふと、そういえば夕方送られて来たメールに夕飯の事が書いてあったと思い出し、ポケットから携帯電話を取り出す。受信ボックスを開いて、ガイから送られて来た最後のメールを見る。すると、ディスプレイには『夕飯はカレー造ってあるから温めて食べてくれ』という文が表示された。
恐らく、慌てて大学に向かったせいで今朝伝えるのを忘れてしまったのだろう。作業の合間、何の拍子にかその事に思い至り慌ててメールをしたに違いない。その証拠に、本来『作って』であるべき箇所が『造って』になっている。普段、誤字脱字の無いメールを送って来るガイには珍しい事だ。
そのメールを苦笑と微笑みを足して割った様な表情で見ながらガイのことを考えつつキッチンに向かう。
今頃は課題に追われているのだろうが、食事はきちんと取ったのだろうか。インスタント食品でも何でも食べていれば良いのだが、まさか食事をする暇も惜しんで作業してはいないだろうか。しっかりしているようで案外抜けている彼のことだ、そんな可能性も無いとは言えない。増して機械が絡むと周りが見えなくなるから少々心配ではある。まさかそのせいで倒れるなんて事は流石に無いだろうが…。
そんな事を考えながらガスレンジに乗っていた小さな鍋の蓋を開け、火を付ける。くるりと中身をひと混ぜして、意外な具が入っている事に気が付いた。
「これは…」
やられた、と思う。カレーには豆腐が入っていたのだ。所謂マーボーカレーなのだが、ガイは豆腐が苦手だった筈。
自分が今日家に帰れないと分かって、ジェイドの為にわざわざこれを仕込んでいったらしい。もしかしたら今日家に帰れない事に対する謝罪の意味もあるのかも知れない。
「やってくれますね」
恋人の細やかな気遣いを見せられて、つい頬が緩む。
ガイが帰って来たら何と言って抱き締めてやろうか、きっと可愛らしい顔を真っ赤に染めて何か言い返してくるに違いない、等と少し意地の悪い事を考えながらカレーを混ぜる。
いつもより静かな家に、優しい香りが漂っていた。