花麒麟の眠り

 ガイの眠りは酷く浅い。
 その事にジェイドが気付いたのはあの旅の途中だった。だが、野営が続く事も多く度々六神将に狙われてもいた状況ではそれを不自然とは思わずにいた。使用人とはいえガイが戦闘慣れしていることは見てとれたのだ、そういった警戒行動をとられても自然にこそ思えど不自然には映らない。
 おかしい、と思ったのはガイがマルクトに移住してからだ。
 初めこそはぐらかされたが、何度も訊ね最終的には半ば問い詰める形でジェイドはようやく真相をガイ本人から聞き出した。
「いつ殺されてもおかしくなかったからな」
 と、言いながらガイが見せた陰のある微笑みが今もジェイドの脳裏に焼き付いている。それはあまりにも穏やかだったが、彼の自嘲だったのかも知れない。少なくとも子供達の前で見せようとしなかった表情であることは確かだった。
 ジェイド自身も眠りは浅い方だが、それでも自分の屋敷なり戦艦にある自室なり気を置いて休むことが出来る場はある。そうでなければ、軍人などと云う只でさえ精神を摩耗させる職業を続けることは出来ない。
 いくら自分が知る限りの眠りが酷く浅いとはいえ、ガイとて今まで常に緊張状態で睡眠をとっていた訳でもないだろう。それこそ人間離れした所業である。
 そんなジェイドの思考を読んだ訳ではないだろうが、ペールが居れば多少深く眠れるのだとガイは言う。だが、彼は未だバチカルの屋敷に居るのだ。
 その事に言及すると、ガイは「大丈夫だよ」と微笑った。

 数日前のその言葉が結果的に嘘であるということは、今のガイの顔を見れば明らかである。

「だから言ったでしょう」
 あまりにも酷い顔をしたガイを見かね、とりあえず自分の執務室に連れ込んでジェイドは溜め息を吐いた。
 新しい環境と復権したことによる重圧、好奇の目、慣れぬ仕事。満足に睡眠の取れていない身体ではいくらガイが若いとはいえ限界だったのだろう。
「駄目だと言ったところでどうしようもないだろう」
 ふらふらと頭を揺らしながらガイが言った。
 それは尤もなのだが、こうなる前に誰かを頼っても良いのではないかとジェイドは思う。今だってジェイドが声を掛けなければ、屋敷へ帰り独りで浅い眠りに就くつもりだったのだろう。そんな状態では疲労も回復しないであろうに。
「隈が出来ていますよ」
 ソファーに座らせたガイの顔に手をやると、彼は身を任せるように目を閉ざした。静止されないのを意外に思いながら、グローブをしたままの手で薄らと隈の浮かんだ目元をなぞる。
「ん…」
 状況が状況であれば官能的な雰囲気も感じたのであろうが、今のガイの疲れ果てた様子ではそんなものよりも庇護欲が先立つ。
 既に限界が近いらしく、少しばかり声を漏らしてガイの首ががくんと落ちた。それどころか、そのままバランスを崩した身体を慌てて支える。
「ガイ?」
 顔を覗き込むと、ガイは青白い顔で小さく寝息をたてていた。
 珍しい――というよりも初めて見るガイの無防備な寝顔に、ジェイドは目を見張る。
 思わず声を掛けても、ガイは全く反応を返さなかった。今までは衣擦れの音にすら反応していたというのに。
 存在を許されているのかと、錯覚しそうになる。疲労が限界に達し眠ったというよりも気絶したのだから、事実はそんな甘やかな考えとは違うのだと分かっている筈なのに。
「…全く、仕方のない人だ」
 世迷言を払うようにそう呟き、ジェイドはガイの身体をソファーに横たえる。仮眠室から簡易毛布でも持ってきてやらねばなるまい。
「おやすみなさい」
 久方ぶりであろう深い眠りについたガイに、ジェイドはそう声をかけた。