剣で肉を斬る感触。
幾度も幾度も繰り返し慣れ親しんで来たと云っても過言でないその感触に、違和感を感じる。
深く、深く、己の刃で斬り裂かれていたのは
「――ルーク」
呆然とした緑色の瞳に見詰められる。
「ガ…イ」
信じていたのに。そんな色を滲ませて血塗れになったルークは小さく呻くように呟いた。
違う、違うんだ。俺じゃない。俺はお前を殺そうなんて思っていない。違う。まだ賭けは終わっていないんだ。まだ――
「――ガイ」
――まだ?なら、いつかは殺すのか。ルークを。自分を慕うあの子供を。
そのつもりで、此処に居たのではないのか。此処に居た理由を、来た理由を忘れたのか。
――忘れられる訳がない。ならどうして殺す事を躊躇う。躊躇う必要など無い。
「ガイ」
その名を呼ばないでくれ。俺は、俺の名前は
「ガイ!」
自分を呼ぶ声で目を覚ました。
夢で此方を見詰めていた翠色の瞳とは違う、紅い瞳が見える。
「……」
「大丈夫ですか。大分魘されていたので起こしましたが」
他人のプライバシーに関して基本的に不干渉を決め込んでいるらしいこの男が関わってくるということは、相当だったのだろう。
「――ああ、大丈夫だ」
身体を起こしながら反射的にそう口にして、それが出来た事に安堵する。心配や迷惑を掛ける事は本意では無かったし、何より既に何かを掴んでいるらしいこの男にこれ以上自分の事を悟られるのは避けたかった。
じわりと、掌に肉を斬った生々しい感覚が蘇る。呆然とした瞳が此方を見詰めている気がする。
未だ、夢から覚めきっていないのだろうか。
「すまないな、面倒かけちまって。もう大丈夫だから」
大丈夫。あれは夢だ。ただの夢なんだ、だから大丈夫なんだ。
相手にと云うよりは、自分に言い聞かせるように言葉を発した。
「…なら、良いんですが」
ルークが同室でなくて良かったと思う。こんな姿を見られたくなかったし、まともに顔を見ることが出来る自信も無かった。
「ガイ」
自分の鼓動に違和感を抱く。鼓動だけではなく、自分がこの場所に存在することそのものに対して不自然さを感じていた。紙一枚分感覚がずれている様な、薄い布を隔てている様な、むず痒くじれったい焦燥感。
今のままでは肉体的にも、精神的にも眠れそうにない。
「な、んだい?」
「眠れないのなら、何も考えられないようにして差し上げましょうか?」
眠れそうにないことを見抜かれていたことにも驚くがそれ以上に、その言葉に驚いた。本当に、珍しいと思う。この男がこんな事を口にするなんて。それともこんな事を言わせてしまう程、今の自分は酷い顔をしているのだろうか。
言葉の意味が分からない程子供ではなかった。普段の自分であれば考えるまでもなく一蹴していた提案だろう。――尤も、普段の自分であれば彼がこんなバカげた提案をして来ることも無かっただろうが。
「そう、だな。…お願いするよ」
明日の朝までには『普段の自分』を取り戻していなければならない。このまま、ルークを直視出来ない様な状態では色々と都合が悪いのだ。
あの子供の名前を、顔を思い出すだけでも不可思議なまでに感情が揺らぐ。
考えてはいけない。思い出してはいけない。少なくとも今は、まだ。
全ての思考を放棄するように、一時的に放棄する為に、目の前の男の胸の中に飛び込んだ。